私は今とても平穏な日々を過ごしている。
朝、携帯のアラームのスヌーズ機能で目を覚まし、母が用意してくれた食パンとサラダとスープを食べて、ネクタイを適度にゆるめて学校へ。
慌ただしい廊下を抜けて、窓際の自分の席に腰を下ろし、
「おはよう」
と誰もいない席に呟いてみたけど、もちろん返事はない。
授業中はただなんとなく窓の外を見ていれば時間が勝手に過ぎていく。今日は雲もなく快晴だ。
グラウンドでは二年生が体育の授業をしていた。三列に並んで順番にハードルを跳んでいる。
試しに「倒けろ」と念じてみたが、当然効くわけがなかった。私が見ていることに気づく人間もいない。
昼休みは屋上へ。と、思ったけど、鍵がかかっていて入れなかった。残念。せっかくのお天気なのに。
気落ちしたまま何気なしにブレザーのポケットから携帯を取り出すと、通知が来ていた。
スライドして開いてみると、猫の写真が続けざまに七枚。可愛いけど、なんだこれ?
送信された時間を確認したら三分前だった。
手の中で再び携帯が震える。
今度は空の写真だ。写っている雲が何かのかたちに見えなくも……と、いろんな角度から画面を睨んでみたが、やっぱりわからなかった。
〈なにこれ?〉
そう返信したけど、今度は既読のマークすら着かなかった。
猫みたいな奴だ。
放課後。
部活は引退したから、まっすぐ帰宅。
駅の近くのカフェで期間限定メニューの看板を見つけたので、
〈こんなの出てたよ〉
と連絡してみる。
すぐに既読マークが着いた。
〈感想シクヨロ☆〉
と返ってきたので、〈帰ってきたら一緒に食べよう〉と打ってから、全部消して〈めちゃくちゃおいしかったよ。食べられなくて残念だったね〉と嘘をついた。
夜。自分の部屋で勉強をしていたら電話がかかってきた。
「もしもし先輩?」
「もしもし」と返せば、「寝てなくてよかったー」と受話器越しに安堵のため息。「まだ九時前だよ」と笑えば、「副部長はたぶんもう寝てますよ」と返ってきたので、「相変わらずだね」とやっぱり笑って応えた。
「どうしたの?」
「いや、さっきまで同じ部屋の奴と怖い話で盛り上がっててー」
「怖くて眠れなくなった?」
「違うっス! スゲー怖かったから先輩にも教えてあげようかな、て」
「『スゲー怖かった』んだ」
「あ、いや、ちょっとっスよ! ちょっと!」
「じゃあその『ちょっと』しか怖い怪談聞かせて?」
「実はこの合宿所、——」
朝、携帯のアラームのスヌーズ機能で目を覚ました。
昨夜充電器にもささず眠ってしまったから充電が十%を切っている。
下の階から母が「遅刻するわよー」と呼ぶ声がした。
「いつまで寝てるの。朝練ないからってダラダラしない」
「ハーイ」
「昨夜遅くまで電話してたでしょう。いくら受験がないからってほどほどにしなさいよ」
食パンとサラダとスープはお腹が空いていなくて半分も残してしまった。
私は今とても退屈な日々を過ごしている。
あの暑い暑い夏が終わって、ああこれでおしまいかって、いやいや高等部でもテニス続けるんだろって、でもその前に進級テストあるねって、そんなことを話をしていたのがなんだかまるで遠い昔のようだ。
彼らが代表合宿へ行って早一ヶ月。
誰も座っていない椅子に「おはよう」と挨拶するのも飽きてきた。
だから、早く——
スクールバックにしまおうとポケットから取り出した携帯には通知が来ていた。
丸井ブン太が画像を送信しました
開いた画面には〈日本代表!!〉の文字と満面の笑みのブン太と赤也が写っていて、その二人の間にあるピースサインはおそらく仁王のものだろう。
人の気も知らないで。
そう思いながらも、〈おめでとう。がんばって!〉と精一杯の強がりで心を込めたエールを送った。