全国大会決勝の試合が全て終わり準優勝の盾を真田が受け取った。
閉会式が滞りなく終わり、俺が集合場所に着くとマネージャーのが鼻水をずるずるさせながらこれでもかというほど涙でぐしゃぐしゃになっていた。
こっちだってちょっとは感傷的になってたのにぶち壊しだ。思わず吹き出してしまう。みんなも笑ってる。
全力で泣いているその姿は到底中学三年生、十五歳の女の子には見えない。でもこんな周りも気にしないように泣く幼稚園児以下のその姿にさえ愛情が芽生えるのだから困ったものだ。
彼女の泣き顔を見るのは久しぶりだ。子どもの頃はそれこそ毎日のように見ていたのに。彼女は俺が入院してから今日までの約十ヶ月間、俺の前では唯の一度も泣いていない。



終わったらみんなで焼肉屋に行くと決めていた。
柳が近くの店を調べて、柳生が予約をとる。
赤也がバカみたいにはしゃいでの手をとり走ってる。みんなで焼肉屋に行くのも久しぶりだ。

「お前いつまで泣いてんだよ」
は焼肉屋に着いてもなお泣き止まず、俺の隣で常にハンカチ代わりのタオルを握っていた。
「だっでぇ、」
「こいつ、泣きながら肉食ってるぞ」
「鼻がづまっでで味わがんないぃー」
「だろうな」
それを丸井と柳がからかう。
逆隣の真田はさっきまで黙々と肉を食べてたかと思ったのに、珍しく食事中に携帯を見ている。
「真田、メール?」
「あぁ」
肯定の返事だけすると真田はすぐに携帯をしまった。
向かいの席から真田を見ていた仁王と目が合うが、すぐプイっと逸らされる。
肉が次から次へと運ばれてくる。
流石というべきか、赤也とブン太と真田は本当によく食べる。
は早々にお腹が膨れてきたのか、すでにデザートのメニューを見ている。
どれで悩んでるの?って聞いたら、バニラか抹茶かと答えたのでどっちも注文してあげた。
それを目ざとく見つけたブン太が、ずりぃー俺もぉ!と言って大声で店員を呼んだ。
デザートだけを頼むかと思ったら、肉も何種類か追加。
ブン太の隣で、肉と甘い物一緒に食うんですか?うげぇーとか言って赤也がブン太に締められてる。それをいつものようにジャッカルがとめる。
そんなやりとりに気を取られていた柳生がよそ見しているうちに、仁王が柳生のタレにコチュジャンを大量投入。気付かず食べた柳生がむせている。むせた柳生に、向かいの席の柳が何食わぬ顔で得体の知れない汁を差し出し、これまた柳生悶絶。
隣のは大爆笑。笑いすぎてもう何の涙だかわからない。そんな俺もお腹が痛くなるほど笑ってる。

いろいろあったけど、こうして俺はまたテニス部ここに戻ってきた。戻ってこられた。
「はぁ、俺、生きててよかったな」
自然と口から溢れた。他意はない。本当に今、心の底からそう思った。
ぎょっとみんなが目を見開いて固まって俺を見た。
一瞬時が止まり、次の瞬間隣からタックルをくらった。
「ぜいいじぃぃぃー」
はいはい、俺はそんな濁点の多い名前じゃないよ、と言いながら抱きついてきたの頭を撫でる。
それを見てみんな苦笑いしていて、赤也だけがちょっとむくれてる。可愛い。も可愛いけど赤也も可愛い。だから赤也が嫌がるのも無視して、もじゃもじゃの頭を撫でた。

さぁ、そろそろ楽しいこの会も終焉だ。
通路に一番近い真田が店員にお会計をお願いする。その間にと仁王と柳生がトイレにたった。
「あれ?ブン太は?」
「さっき外に出ていったみたいだけどな」
俺もトイレに行くついでにブン太を探すと出口付近の廊下の端にいた。
「何して…あ、ごめん電話中か、でももう帰るよ」
片手を挙げ、わかったっと口パクで対応された。

会計を終えてみんなでぞろぞろと店をあとにする。
「じゃ、えーっと一本締めでもする?」
「なんかおっさんの飲み会みたいじゃのう」
「いや、なかなか気の締まる終わり方だ。幸村、頼む」
「はい、じゃ、みなさんお手を拝借。お疲れ様でした!よーぉっ」ポン!
九つの手拍子が揃う。

それから駅までみんなで歩いて、あとは電車やらバスやら各々解散。
俺とは徒歩組。本当は柳も同じ方向なはずだけど、私用があるとかでバスに乗るらしい。気を使われたのかもしれないと、少し申し訳なくなるがここは素直に感謝しよう。
バス組とバスが来るまで少しそこにとどまっていると、ホームに向かったはずの電車組の赤也が振り返ってまた大きく手を振る。もそれに大きく振り返す。
すぐにバスも来て柳たちともと分かれた。そして俺たちも行こっかっと、と二人で歩き出す。

騒がしい駅前を過ぎるとすぐに街灯が疎らな住宅地になる。夏でも八時を過ぎでも結構暗くて静かだ。たまに通る車の音とスンスンと小さく鼻をすする音だけが聞こえる。
「まだ泣き止まないの?」
覗き込んだ顔は大泣きこそしていなかったが、まだ目と鼻の周りが真っ赤で相変わらずひどい顔だ。
「あんまり見ないでよぉ」
「ハハ、今更!」
「いじわる!」
「そうだよ、俺は昔から意地悪だったろ?それからは昔から泣き虫で、ドジだったなぁ」
「ひどい!」
ギっとがこちらを全然怖くない顔で睨む。その大きくて丸い瞳に俺が映る。
今まで押し込めていた気持ちが波のように静かに押し寄せる。
「精市?」
、よく頑張ったね」
立ち止まり、と向き合うように立つ。
今までごめんね、本当にごめん。あぁ、泣いてほしくないのに彼女の目からはまた涙が溢れ出す。それを肉刺だらけの右手でできるだけそっと拭う。
「本当にごめん」
は懸命に頭を横に振る。そっと肩に手おき、それからゆっくり抱きしめる。
君はいつからそんなに強くなったのだろう。ずっと守っているつもりでいた。でも、いつの間にか俺が君に守られていた。
俺の代わりに俺のテニスを守ってくれた、君。
君に伝えたいことが山ほどあるんだ。何から話そう。何から話せば、君は泣き止んでくれるだろう。
大事にしたい。大切にしたい。命に限りがあることを痛いほど知りながら、永遠の幸せを望む俺を強欲だと神様は嘲るだろうか。

、俺は君のことが——」

どうか彼女がこんな俺に、もう一度チャンスを与えてくれることを祈る。
俺はハッピーエンドを迎えるために戻ってきたんだ。