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浜辺を歩く(赤也)
「さむっ」
あまりの寒さに慌ててコートの襟をかき抱き、冷たい海風から身体を守った。
となりを歩く赤也は「だから言ったじゃん」と呆れた声を出す。
「でも、見てみたかったんだもん」
ワカメだかなんだかわからぬ漂流物を避けながら全然綺麗じゃない浜辺をなんとか歩いた。
どよんと濁った分厚い雲が広がる空の下には、これまたどよんと鈍くうねる海が遠くまで続いている。
この海のずっと、ずっと先の場所から赤也が帰ってきたのはつい昨日のことだ。
プロテニスプレイヤーとして活躍する赤也の拠点は今は海外で、私たちはそこで出会った。旅行先で迷子になった私を偶然助けてくれたのが赤也で、それがなんとまさか交際まで発展した。たいして続くはずもない、と本人ですら思っていた関係は案外続いていたが、普段は日本と海外。逢えない日々が続き喧嘩もたくさんしたし、別れの危機だって何度もあった。もう無理。もうやだ。もう別れたい。何度もそう思っては、もっと強い気持ちでそれを打ち消すの繰り返し。
そういう日々を乗り越えて今日までなんとかやってきた。
「赤也が育った場所ってどんなとこだったのかなって」
「……別にたいして面白くないっしょ。つーか、せめて来るなら夏っスよ」
「そっかぁ」
赤也は今年念願の初優勝を決め、そして日本へ帰ってきた。
俺と結婚してください、と似合わぬ真面目な顔で差し出された手は相変わらず表面の皮が硬くて肉刺だらけのテニスプレイヤーの手だった。これから先もきっとずっとこの手は変わらない。変わらないでほしい。
私は強い意思でこの手ごと生涯赤也を愛していこう、愛し抜いていこう。神に誓う前に、自分の知らない幼い頃の赤也を見守ってきたであろうこの穏やかな海に誓う。
応えるように聞こえた波の音は耳に優しかった。
「結婚相手のことならなんでも知っておきたいんだよ」
そういうもんスかね、と案の定首を捻った赤也だが、「じゃあ俺もアンタの育った場所連れていってくださいよ」と人懐っこい顔で笑った。
その素直さがたまらなく眩しく思えた。