真田が縁側で日課の竹刀の手入れをしていると、客間の襖が薄く開いた。
そこからが顔を出す。
「もう具合は大丈夫なのか」と真田が尋ねると「うん」と返ってきて、「となり座ってもいい?」とこちらにやってきた。
真田はとすれ違うように一度立ち上がってからまたすぐに戻ってくる。
そして、「これを着ていろ」との肩に半纏をかけてやった。
「ありがとう」とが微笑む。顔色を見る限り本人の言う通り体調もだいぶ回復したようで、真田はひとまずほっとした。
「お前は春からどうするのだ」
「……うーん、たぶん美容師の専門学校かなぁ」
「お前は美容師になりたかったのか?」
「なりたくないわけじゃないって感じ」
「意味がわからん」
が「そうだよねぇ」と薄く笑う。笑う意味が真田にはわからなかったが、があの家を出たがっていることだけはわかった。
「今、兄夫婦がこの家で一緒に暮らしてるのだが、この度家を新築してな、四月からはそっちに移り住むことになっていて丁度部屋が空く」
が「へぇ」と相槌を打つ。
「お前さえよければ、その空いた部屋を使うといい」
真田がそう言うとは真田の横顔をまじまじと見つめた。
しばしの沈黙のあと、「同情?」と抑揚のない声が返ってくる。
「違う。俺がそうしたいだけだ」
真田は竹刀を置き、に向き合った。そして、姿勢を正し、しっかりの眼を真正面から見据える。
「それから先日の詫びをさせてほしい。配慮のないことを言ってお前を傷つけた。本当にすまなかった」
そう言って真田はに頭を下げた。自分が出来うる限りの心からの謝罪だ。
「……許さないって言ったら?」
「好きにしていい。それはお前の自由だ」
真田は顔を上げてその厳しさを含んだ視線を受け止めた。
「だがしかしこれだけは忘れないでほしい。俺はお前とともに在りたいと思っている」
真田はゆっくりと自分の手をの手に重ね合わせた。
真田の大きな手がすっぽりとの手を温めてやるように包み込む。
これが真田が出した結論だ。
望んでくれるなら、もうこの手は絶対に放さない。どんなことからも必ず守り抜いてみせる。
たとえそれが現実離れした理想であっても、それを言い訳にを置き去りにして逃げたりはしたくなかった。
何が大切かは自分が決める。
真田にとって大切なのはの今であり、未来であり、その根底を支える心そのものだ。
「俺と人生のダブルスを組んでくれないか」
言い終えたあと真田は期待を込めての反応を窺う。だが、何故かはきょとんとした顔で真田を見ていた。先程までの厳しさはないが返ってその惚けた顔がこの緊張感の中では不釣り合いだ。
「答えを聞かせてほしいのだが……」
「えっ、ごめん。答えっていうか今のどういう意味? 人生のダブルス??」
必死に考えた一世一代の告白は完全に空打ったらしい。
「何故だっ!?」と衝撃を受けた真田だが、伝わらないんじゃ意味はないと落ち込みながらも考え直す。
締まらない流れを断ち切るように咳払いをして、真田はもう一度と向き合った。今度こそ、だ。
「俺と結婚してほしい」
下手な小細工はそもそも自分には似合わない。真っ向勝負。それが己の信念である。
さすがに今度は伝わったのであろう。
の眼には涙が淡く滲んでいた。
「ねぇ、真田。抱きついてもいい?」
そう訊かれて、真田は両手を広げて「来いっ!!」と応える。
真田が応えるがいなやが真田の懐に飛び込んできた。
どうやらプロポーズに対する答えはイエスらしい。
真田はこっそり息を吐き、それから慣れない手つきでの身体を優しく抱きしめ返した。
「——で、卒業と同時に結婚? 極端すぎるだろい」
丸井が堂々と悪態を吐くので、ジャッカルがおいおいと冷や汗をかきながら周囲を気にした。
「でも、真田たちらしいよね」
そう微笑むのはビシッとスーツ姿が決まった幸村だ。
大学の入学式用に買ったスーツらしいが、それより先に役立つ日があろうとは。
誰かの「あ」という声と同時に皆の視線が一方向に動いた。自然と感嘆の声があちらこちらで上がる。
挙式を終えたばかりの新郎新婦が渡り廊下を渡ってこちらへやってきた。
紋付袴姿の真田のとなりに並ぶ白無垢姿のが丸井たちに気づき眩しいくらいの笑顔を向ける。
丸井の横でジャッカルが「お前、よかったのか?」と今更なことを訊いてきたので、丸井はそれを鼻で笑った。
「いいも悪いも、あんな蒸したての饅頭みたいな幸せそうな顔で笑ってんの見たらもうなんも言えねぇだろい」
薄紅色の美しい桜が青空に舞ってふたりを祝福するライスシャワーのようだ。
今日は大安吉日。結婚式日和である。