○テニスショップにて

 商品と睨めっこをしていたら、「こんにちは」と急に声をかけられて、驚いた拍子にうっかり通路に置いてあるワゴンを派手に倒してしまった。

 辺り一面に筒に入ったテニスボールがコロコローっと散らばっていく。

 慌ててがそれを拾いだすと、声をかけてきた人物も一緒になって拾い始めた気配がした。
はい、と手渡されては声をかけてきた人物の顔をはじめて見る。

「えっ、ゆ、幸村くん?」

 幸村が「よかった。覚えててくれて」とほっとしたような声を出した。
としては一方的にその存在を知っていただけだという認識だったので、むしろ幸村が自分のことを覚えているの方が驚きだった。
たぶん面と向かって会ったことがあるのは一度きりだし、しかもそのときもろくに会話はしていない。

 そう思ってることが顔にでていたのだろう。幸村は「俺も覚えてるよ。なかなか印象的な出来事だったからね」と目を細めた。
羞恥心での頬が赤らむ。

「君もテニスをするのかい?」

 と幸村に訊かれて、は首を振った。
じゃあどうしてこんなところにいるの? という疑問が声にならずともわかったので、慌てて答えを付け足す。

「えっと、日本こっちに帰ってくるときにいつもお土産もらちゃってるから、たまにはなにか返せたらなって。それで……」
「ああ、そういうことか。だからそんなに真剣に選んでたんだね」

 納得したらしい幸村が「悩んでるなら相談に乗ろうか?」と続けた。

「大丈夫。また今度ちゃんと調べてからくることにするよ」

 ボールもようやく拾い終わり「じゃあ」と立ち去ろうとするを「ねぇ」と幸村が引き止めた。

「近くに美味しいカフェがあるんだ。もしよかったら付き合ってくれないかい?」

 もしかして「悩んでるなら相談に乗ろうか?」と言われたとき一瞬答えに迷ったのを見透かされていたのだろうか。

 幸村のなんだか有無を言わせない雰囲気が同級生の不二によく似ていた。