○全国大会会場(十年前)にて
真田が突然立ち止まったせいで、そのすぐ後ろを歩いていた幸村にまで被害が及んだ。
どうやら目の前の角から青学の制服を着た女の子が急に飛び出してきて真田に打つかったらしい。
大会の名残の残る会場はまだ大勢の選手や観戦者でごった返していた。
真田の巨体に飛ばされて尻餅をついてしまった女の子に幸村は「大丈夫かい?」と手を差し伸べて立ち上がらせる。
「こんなところでなにをしている」
とそこに同じ角から手塚が現れた。
手塚の登場にハッとしたような顔つきで後ろを振り返った女の子は真田と手塚のあいだに立ったまま——……
「え」
突然泣きだした。
ハラハラととめどなく落ちる涙。事態がわからず幸村もぎょっとする。真田と手塚にいたっては完全にフリーズ状態。
「え、君なんで泣いてるの? 大丈夫かい?」
かろうじて女の子を気遣えるのはこの場に幸村しかいなかった。
「て、手塚が死んじゃうんじゃないかって……」
彼女が涙とともに溢すたどたどしい言葉をなんとか耳で拾った幸村はやっと合点がいった。
先ほどの真田と手塚の死闘を間近で見て怖くなったのだろう。
その気持ちが真田と対面することによって決壊してしまったに違いない。
真田の脚も鬱血して丸太のように膨らんでいたが、手塚の腕もまだひどいありさまだった。
幸村と彼女のあいだに割り込むようにその腕が伸びる。
「俺はこんなところでは死なない。それにおまえを置いて一人で逝ったりはしない」
え、プロポーズ? と驚いて思わず幸村は手塚を凝視した。しかし、当の手塚は自分がそこまで深い意味のある言葉を口にしたとは思っていないらしく平然とした態度そのままだ。
可哀想に面食らっているのは彼女の方で、ひたすら目をぱちくりさせていた。
そうこうしてるうちに彼女の友人の人らしき子や青学のメンバーががやがやと迎えにやってくる。
「え、なんで泣いてるの? ちょっとこの子泣かせたの誰!」
「手塚じゃない?」
「ち、ちがうちがう! 違うよ、手塚。私が勝手に……」
「じゃあ真田かな?」
「それもちがう! 適当なこと言わないで不二! ちがいますからね、さっきは打つかってすみませんでした」
わたわたとみんなに囲まれるうちに手塚の発言はうやむやになった。
真田に打つかった女の子が最後にもう一度律儀に謝り、それぞれの場所に歩き出す。
幸村はふと
「手塚」
と最後尾にいた手塚を呼び止めた。
今思うとなぜ自分がわざわざそんなことを言ったのか幸村にもわからない。でも、負けた悔しさから出る嫌みではなかった。
「大きなお世話かもしれないけど、君の戦い方はいつか君の大切なひとを悲しませることになるような気がするよ」
きっとそのとき眉間に寄せられた深いシワは今でもくっきり手塚の眉間に刻まれているに違いない。