○カフェにて
「えっと、たくさんあっても困らないっていうか、貰っても負担にならないものがいいかな……」
「恋人へのプレゼントにしてはやけに消極的だね」
は返答に困ったが嘘をついてもしかたないので「……恋人同士じゃないから、私たち」と正直に答えた。情けなさから眉が下がる。
どうして自分はこんなことを幸村に話してしまっているのだろう。
さっき幸村の勧めで頼んだラベンダーのハーブティーのリラックス効果のせいだろうか。
他愛ない世間話からプレゼントの話になり、結局は手塚の話になってしまった。
「でも今も会ってるんだよね? 卒業して十年も経つのに」
「……うん」
「それで日本に帰ってくるたびお土産渡されて?」
「……うん」
「本当にそれだけ?」
「それだけっていうか……まぁでもそれだけかな」
手紙やメールのやりとりはしてるし、ごく稀に電話をくれるときもある。
でも、それは“それだけ”に含まれる範疇だとは思う。
「えっとね、私、手塚にはちゃんとフラれてるの。ドイツに行くまえに私の気持ちは伝えたんだけど、そのときはっきり『おまえの想いには応えることはできない』って。あ、でもね、そのとき可笑しいのが、手塚ってばフラれて立ち去ろうとしてる私をわざわざ引き止めて生徒会の引継ぎの話はじめたんだよ」
ひどいでしょ、とは笑う。
手塚は生徒会長だったが満期まで学校にはいられない。時間がないなか責任感の強い手塚が生徒会のことを心配して当時副会長をしていたにいろいろと引き継ぎしておきたかった気持ちもわかる。だが、なにも今じゃなくてもというのがの本音だった。でも手塚らしいと思うと許してしまうのは惚れた弱みだ。
懐かしい。十年も前の出来事だ。
「……懺悔するとね、フラれるってわかってて告白したんだ」
これから自分の夢に向かって独り遠くへ旅立つ手塚が心残りを残すような中途半端なことをするとは思えない。
告白するまえから手塚の答えなんかわかっていた。
「ただの同級生と自分が傷つけた女の子だったらどっちが手塚の記憶に残るかなって」
さっき手塚のことをひどいと言ったが本当にひどいは自分の方だ。
自分の想いを告白するのはもちろん勇気がいる行為だが、きっとそれを受け止める方だってそれなりに思うところはあるだろう。
少なくとも優しい手塚が相手の気持ちに応えられないことに罪悪感を抱くことはわかっていた。
だからそこに漬け込んだのだ。そうまでしても彼の心に残りたい一心で。
本当に手塚のことを想うのなら、想いを秘めたまま素知らぬ顔で見送るべきだった。
「忘れないでいてほしかったの私のこと。嫌な記憶でもいいから少しでも長く手塚に覚えててもらいたかった」
きっぱりフラれてしっかり失恋してさっぱりなんてもっともらしい建前だ。
「だから君は今の関係に甘んじてる?」
と幸村に痛いところをつかれ、は困ったように笑うしかなかった。
それとこれとはまた別の話だが、実際はそういう部分も確かにあった。
さすがに今の手塚が罪悪感のためだけに自分に会いに来てるとはも思わない。
手塚ももしかしたら自分と同じ気持ちなのかもしれない。この十年親交が途絶えなかったことがその証だと思いたい。
手紙もメールも電話も。日本に帰ってくるときには必ず連絡をくれることも。を自惚れさせていた。
でも、今度はそのことがつらくなってくる。
手塚の顔を見ればわかる。この曖昧な関係が手塚にとって重荷だということが。
もっと都合のいい相手になってあげられたらよかった。
手塚が会いたいときにだけ会って、手塚が喜ぶようなことだけしてあげられる女の子。
苦しみしか与えてあげられない自分は手塚にとってどんな存在価値があるんだろう。
好きなひとの苦しんでる姿を見るのはつらい。
それは肉体的な痛みであれ、心の痛みであれ一緒だ。
苦しめておいて苦しんでる姿を見るのはつらいなんて言う資格ないことはわかっている。だけど、自身ももうどうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。
手繰り寄せようと力を込めたらたちまち切れてしまいそうなほど儚い糸で結ばれた関係。今やその糸は複雑に絡み合い簡単には解けそうもない。
「ごめんね、こんな話。でも、話せてすっきりしちゃった」
とは強制的にこの話を終わらせた。
これ以上この話題は長引かせて幸村にまで他のみんなと同じように「そんな狡い男やめちゃえば」と言われるのが嫌だった。
自分から話しておいてなんだが、自分のせいで手塚が悪く言われるのはも本意ではない。ちょうどよくティーポットも空になっていた。
伝票を手に「そろそろ」と腰を上げただが、向かいの幸村はまだ座ったままこのタイミングで自分のスマートフォンを取り出した。
「かわむら寿司ってここから近いんだ」
「? うん。住宅街の中にあるからわかりにくいけどわりと近いよ」
「じゃあごはんはお寿司にしようか」
「へ?」
てっきりお茶をするだけだと思っていたは面食らう。
「俺は最初からナンパのつもりだったんだけど?」
幸村が到底ナンパ男には見えぬ爽やかな笑みでに誘いの手を差し伸べた。