他人の不幸は蜜の味というけれど、他人の秘密もまた蜜の香りがする。
そういう見方をすればは確かに美味しそう女の子に見えるだろうな、と小春は思う。
色気を構成する要素で一番欠かせないのがこの“秘密”だ。
しかも、これ見よがしではダメで、内に込めたものが耐えきれずに薄紙一枚の隙間から匂い立つようなものでなくてはならない。
そして、秘密は秘密に引き寄せられる。
小春がに興味を持ったのもやはりそういう理由からだった。
秘密は保存食品ではなく発酵食品で、適度にガス抜きしないといつか爆発して大惨事になる。それが小春の持論だ。
「ユウくんは雛鳥なの」
随分ガラの悪い雛鳥だな、と内心思っているだろうがはこんなときちゃちゃも入れずに話を聞いてくれる。
ボケたらツッコまなアカン精神が骨の髄まで染み付いてる大阪人とは違う世界で行きてる証拠だ。
「でも、アタシたち身体の関係は持ってないのよ」とあくまでなんでもないように小春が語り出したときから、の態度は変わらない。
「初めて自分を理解してくれたっていう人間がたまたまアタシだっただけっていうか……。せやから、なにも
他人と違うことを恐れず突き通し、奇抜な着眼点で物事に切り込んでいく。ときどき後先考えず突っ走るので、気がつくとあたりには誰もいない。
小春が出会った頃の一氏はまさにそんな状況だった。高校入学早々かっ飛ばしすぎたのだ。
この子、阿呆なんかしらん。それが小春の一氏に抱いた第一印象だ。
右向け右、と言われてわざと左を向くような幼稚さを残した一氏を憐れみの目で見てすらいた。
手を差し伸べたのは同情心からのはずだった。
小春が自分は同性愛者だと気付いたのは小学生の頃だ。
自分がそうであるとわかったとき、小春は安心と絶望を同時に味わった。
これまでずっと生き辛さを感じていた小春にとって、その答えを得たことは自分が何者であるかを知る大きな手がかりとなった。
けれど、もし自分は誰かを好きになったとしても、その想いはいつか笹舟に乗せて人知れずそっと川に流さなくてはいけなくなる覚悟もしなくてはならないことを知ってしまった。
一氏と過ごした高校二年間。小春にとってその想い出だけで充分だった。
なのに、その関係を一氏は壊した。
一足先に高校を卒業してしまう小春に一氏は「好きや」とまっすぐに告げた。
一氏は甘ったれで寂しがり屋だから、きっと独り学校に残されることが寂しかっただけでだろう。
なんとか小春を自分に繋ぎ止めておきたくて必死に見えた。
そんなことわかっていたのに、小春はその告白を受け入れてしまった。今になって思えば、何故あのとき拒まなかったのだろうと思う。
拒んでいれば、寂しくてもこんな重い荷物背をわずにもっと身軽でいれたのに、と。
「ちゃんとかとおるの見ると余計にね。そういう普通の未来もユウくんにはあるような気がして、その可能性をアタシが潰してるんやないかって気になるのよ」
どんなに求められても、心のどこかで小春は一氏の気持ちを未だ信じきれずにいた。
「好きや」と言われて喜んで、同棲までしてしまったくせに、一線を越えなければまだ引き返せる、とそんな甘い考えでここまできてしまった。甘ったれはどっちだ。
可哀想なのは自分はちゃんと恋をしてると思い込んでいる一氏である。
けれど、そこまでわかっていながら、小春は一氏を手放せなかった。
それを愛と呼ぶなら、愛なんてこの世からなくなってしまえばいいと小春は思う。
「“普通”ってなんだろうね。それより小春ちゃんも一氏さんも幸せになれるといいよね」
らしい棘のない言葉に小春は「そうね」と微笑んだ。
そのあとはとりとめのない話をして二人でシャンパンを二本を空けて、その日はお開きにした。
家へ帰れば先に帰っていた一氏が「小春〜」と抱きついてくる。それを「もう暑苦しいわね。シャワー浴びたいの。あとにしてちょうだい」とそっけなくあしらう。
本当は、に聞いてもらいたい話がもうひとつあった。
でも、「小春ちゃんも一氏さんも幸せになれるといいよね」と言ってくれたにこれ以上秘密を背をわせるのは酷だと思うと言い出せなかった。