「ほんで?」
白石くんが腕を組んだまますごむのでこわい。でも、そうだよね。散々迷惑かけたもんね。うん、わかってる。ごめん。で、千里は「あ、白石、そこのソース取ってほしか」じゃないんだよ。なんでとっととたこ焼き焼き始めてるの? それにしてもうまいな。え、研究したことある? たこ焼きを??
わけのわからない千里の過去は置いておいて、ここ数カ月でわたしたちに起こったできごとを白石くんには説明する義務があると思うんだ。だから、今日は白石くんをわたしの新居もといふたりの新居に招待した。とりあえず、白石くんにはすでに千里と仲直りというか関係を修復したと伝えてはある。でも、それだけじゃたりないと思うので、今日ここに呼んだのだが、チャイムが鳴り、扉を開けた瞬間泣き出されるとは思っていなかった。
でも、それはそれほどまでに白石くんがわたしたちのことを本気で心配してくれていたのだということだ。
緊急事態宣言も明け、行動制限も緩和された。日常が戻りつつあった。わたしたちもなにも特別じゃない日常のありがたさを噛み締めながらすごしていた。
「行動力お化けやな」
「だよね」
「いや、ちゃんもやで?」
「え、わたしも?」
「当たり前やろ。あんな状況下でいきなり誰にも相談せんとよその国行くなんてふつうの女の子はせん」
おおかた誰かに相談したら止められると思ってせんかったんやろ、と図星を突かれ黙る。
いや、そうか。自分ではそんな風に思っていなかったが、どうやらわたしはわりと無鉄砲なところがあるらしい。
ふたりそっくりや、と言われて嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちになった。
「あ、千里、薬薬!」
思い出して戸棚から処方された薬を取り出す。食前って忘れやすいから気が抜けない。
飲みなさいと圧をかけながら水の入ったコップと一緒に渡した。「忘れとった忘れとった」っていつもそれだから、ほんっと世話がかかる。
そんなやりとりをしてるわたしたちを白石くんが優しい眼で温かく見守ってくれていた。
香ばしく焼けたたこ焼きにソースとマヨネーズがかかり、鰹節が踊る。冷蔵庫から冷えたビールを持ってきて、三人でプシュッと景気よく開けた。
「ん〜おいしいっ!」
ビールは最初の一口がおいしいなんて誰が言い出したのだろう。おいしいものはずっとおいしい。泡がへたれたって、ぬるくなったって、それはそれでいいじゃないか。なんて、そんなことになるまえに呑み干すけどね。
「ちゃんの親は一緒に住むことよお許したな。厳しいんやろ?」
「許してないよ。諦めただけ」
「千歳、おまえちゃんと挨拶しに行った方がええで」
「行った行った。そんでとふたりで門前払いに遭うた」
「そのあとなんとか電話で話して、今は黙認って感じ」
決して祝福されたわけではないが、完全に道が途切れているというわけでもなかった。
これからの生きざまで少しずつ信頼を得ていく余地はありそうな拒絶に根負けしないよう頑張ろうとしているところだ。
「千歳の実家には言うたん?」
「言うた。そんしたらたまがっとった。アンタが事前に報告してくれたの初めてだって」
ウィルスの気配がもう少し治ったら、千里の実家にも行こうという話になっていた。お母さんと妹さんがいまから張り切っているらしくて嬉しいが、緊張もする。
「桔平にも会ってほしか」
「きっぺい?」
「俺の……親友ばい」
「うん、もちろん!」
「あ、橘くん九州帰っとるんやったっけ?」
「実家の近くで店ばやりおるとよ」
「料理上手かったもんなあ」
あ! もしかしてエプロンのひと? と長年謎だった人物像がはっきりしてくる。「実在してたんだ」とつぶやけば、「疑ってたとね」と千里が不満そうな顔をした。それを白石くんと二人で笑う。
「あー暑くなってきた! 窓開けようか!」
クーラーをつけるにはまだ早すぎるし、正直電気代は抑えたい。ガラッと勢いよく掃き出し窓を開けると、思いの外涼やかな風が頬を撫でた。カーテンレールに吊るした気の早い風鈴がわたしたちに語りかけるように音を一つ鳴らした。