真田だってまったく身に覚えのない感情を他者から打つけられれば困惑もする。
それも今まで経験したことのない類のものなら尚更——……
「真田、おはようーーっ!! 今日もっ」
それまで真田のとなりを歩いていた柳がスッと身体をかわしたと同時にが猪のように真田の身体に突撃をかます。
「だーいすきっ!!」
の
「離れんかっバカもん!!」
「この分厚い胸板最高〜♡」
「は、離れろと言っているっ!!」
の胸は形が変わるくらい真田の身体に押し当てられていた。
朝からこんなものを見せられるのもたまったもんじゃないし、顔を真っ赤にしている真田も気色が悪い。
男子生徒の羨ましさ半分妬ましさ半分の好奇な視線には気づいているのかいないのか。いや、むしろ告白のとき同様何も気にしていないといったところか。
要するに真田のことしか見えていないのだ。
予鈴が鳴り、ため息を吐いた丸井が仕方なしにを引きずりクラスへ連れて行くのもお決まりの展開になりつつあった。
そのあいだもは真田への愛の言葉を叫んでいるのだから頭が痛い。
クラスに着けばの友達が「またやってんの」とを揶揄う。
丸井が「お前ら友達なんだったら止めろよな」と注意しても「なんでぇ? いいじゃん、おもしろいし」と取りつく島もない。
が「見て見て〜」と丸井を呼ぶ。手にはキラキラ派手な手作りうちわ。
『L・O・V・E 真田』とデカデカと書いてあるそれを見て丸井はツッコむ気も失せていた。
「いやもうなんなんスかね、アレ」
と、赤也がフェンス越しに熱烈な声援を送っているをこそっと指差す。
は例のうちわを両手に持って少しでも真田に自分の存在をアピールしようとぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「暑さで頭おかしくなってんじゃねぇの? それかあれだ、このあいだの帰りに雷にでも打たれたか」
適当に答える丸井のとなりで、「確かに。一度医者に診てもらった方がいいかもしれませんね」と柳生が神妙な面持ちでボケか天然かわからない発言をする。
確かに丸井の言うとおりの奇行がはじまったのは視聴覚室で全国大会の記録映像を一緒に観たあとだ。
あの翌日、朝一番には「ねぇ、真田、今付き合っているひといる?」と直接真田に訊きにやってきた。
昇降口には登校してきた生徒が大勢いたが、がそれを気にとめてる素振りはない。
それに対して「まずは挨拶だろう」と注意した真田も真田だし、普通に「そっかごめん。おはよう」と返すもだ。
朝練終わりでたまたま一緒にいたいつものテニス部面々も流れで二人を見守る羽目になる。なんて色気のない告白現場だろう。
「で、いるの? いないの?」
「なにがだ」
「だから、今付き合ってる子」
「学生の身分で男女交際などありえんっ! たるんどるっ!!」
「そっか、いないんだ。なら、私と付き合って」
流れるような告白に、さすがの真田も面食らったらしい。ギョッとした顔が次第に赤くなり一歩後ずさった。
「なっ、き、貴様、俺の話を聞いていたのか!? 男女交際など我々にはまだ早い!!」
「なんで? どうして? みんな普通に彼氏彼女いるよ? 」
「ふむ、確かに男女交際を禁止する校則はないな」と柳が言ったので、「ほらぁ」とばかりにが胸を張る。
「だとしても、だっ! 今年は悲願の三連覇が懸かった年。恋愛などという戯言に現を抜かしている場合ではないわっ!!」
「じゃあそれが終わったらでもいい」
「待っててあげる」という謎の上から目線の。
その場にいた全員がもれなく引いてた。
当然この事件と言っても過言ではない出来事はあっという間に学校中の噂となる。
「牽制の意味もあるんじゃない? 真田は私のものって」
と幸村がおかしそうに笑った。
この件に関して幸村は何故かとても楽しそうだ。真田を揶揄うネタができたからだろうか。
「牽制なんかする必要あるんスか? どう考えても他の女子が副部長に言い寄ってくるとこなんか想像できないんスけど。つーか、あの先輩もなんで副部長なんスかね。丸井先輩とか仁王先輩とかならまだわかりますけど」
ベンチの後ろの影で休憩を取っていた仁王が「ケロケロッ」と鳴いた。
「つーか、注意とかしなくていいんスか?」
と、赤也が幸村に小声で訊く。
「ん〜、なんで? いいんじゃない、別に」
「いやだって、マジであれで集中できなくなったら問題じゃないっスか」
「あれくらいで切れる集中力の方に問題があるな。まぁでも、それは真田がどうにかする問題だからさ」
「ね!」と休憩に入ろうとしていた真田を目ざとく見つけた幸村が声をかけた。
赤也が反射的に「ゲッ」と漏らす。
「『ゲッ』とはなんだっ!」
「いやなんでも!!」
「赤也がアレを注意しなくてもいいのかだってさ」
「部長!!」
幸村に告げ口をされた赤也はヒッと顔を青くする。
しかし、意外にも真田はそれ以上赤也になにも言わなかった。ムスッと黙ったきり皆からは離れて休憩を取る。
入れ替わるようにコートに出ようとした丸井に仁王が飴玉を放ってよこした。
「イライラの原因は糖分不足かのう」と意味がわからないことを言われる。
その翌日からフェンス越しの熱烈な応援はなくなった。
幸村から聞く話によると真田がになにか言ったらしい。の気持ちを考えると複雑だ。
しかし——
「真田ーーっ!!」
幸村が身を翻しさっと避ける。今日の奇襲は背後からだ。
「放せっ! 昨日あれほど言ったでだろう!! お前も納得したのではなかったのか?!」
「うん、納得したよ。だからもう部活中に気が散るようなことはしない。でも今は部活中じゃないでしょう」
何も問題はないとばかりにが真田の腕にしがみつく。
「真田の嫌がることはやめるけど、私の真田を好きだって気持ちは真田にだって止める権利はないよ」
は落ち込むどころか何割か増しで元気になってるようにみえた。
「頑固者同士、案外お似合いかもね」と幸村が笑うとなりで丸井は大きなため息を吐いた。