現在、は絶賛モテ期らしい。
噂ではこの数週間で三人に告られたんだとか……。
そして、今まさに丸井たちの目の前で四人目の男がに告白をしようとしていた。
その現場にたまたま遭遇してしまった丸井たちは咄嗟に近くの茂みに隠れてしまったせいで今更出るに出られず不本意ながら出歯亀になっていた。
だが、言わせてもらえば、まず選んだ場所が悪い。なんでよりにもよって海林館部室棟の裏なんだという話だ。
まぁ、とにかくこの四番目の男——確かサッカー部の部長の川瀬だ——は、あっさりきっぱり振られたらしい。当然だ。

「いやだってお前、真田に告って振られたんだろ」
「振られてない。保留なだけ」
「それって今はフリーってことじゃん。つーか、なんで真田?」

「お前もしかして老け専?」と川瀬がふざけて笑う。
当人真田が聞いてるとも知らずに。
知らないとはいえ、命知らずな奴である。
怒りのまま茂みから飛び出そうになった真田をジャッカルがなんとか抑えたからいいものの、そうでなければ鉄拳制裁ものだ。

には絶対俺みたいな方が合ってるって」

 川瀬が「な、別に俺のこと別に嫌いじゃないだろ。俺にしとけよ」と馴れ馴れしくの肩を抱いた。
 中身がない奴ほど自分に自信がある風を装う。川瀬はまさにその典型的なタイプだ。
そういう奴ほど他人も上辺だけで判断する。中身で勝負すれば自分に勝ち目がないことを自覚しているからだ。
だったら大人しくしていればいいものをとも思うのだがそうもなかなかいかないらしい。そこが自意識の塊みたな十代真っ只中の高校二年生である。
普段なら勝手にやってろという感じなのだが、さすがに川瀬の行為は目に余る。
最初は偶然鉢合わせただけで、別に邪魔をしようなんて気これっぽっちもなかった丸井だが、そろそろ助けてやった方がいいかもしれないと思いはじめる。だが、丸井が実際に一歩踏み出そうするまえに、が「触らないで」とはっきり言って自分の肩にかかったていた川瀬の手を自分の力で払いのけた。

「さっき『俺のこと別に嫌いじゃないだろ』って言ってたけど、それどういう思考回路? 普通に嫌い。大っ嫌い。真田の悪口言うやつなんか地獄に堕ちればいい」

 川瀬は一瞬呆気にとられたもののすぐに我に返り、に向かって知性のかけらもない罵声を浴びせかけた。「調子に乗ってんじゃねぇぞブス」、「ベタベタベタベタ男に縋って本当は堪ってんじゃねの」、そして、「待てよ!!」との肩を後ろから無理矢理掴みにかかる。
「やめて!」とが叫ぶのと同時に丸井は体が勝手に飛び出した。しかし、丸井より早く真田が川瀬を捉え、「いい加減にしろっ!!」と川瀬を締め上げた。
さっきまでの勢いはどこへやら、川瀬は真田を見るなり顔を青くして、「いや、違ぇって、別にお前のこと悪くいったわけじゃ……」と情けなく弁解を始めた。勝負アリ。いや、そもそも勝負にすらなっていなかった。
ジャッカルが真田と川瀬を引き剥がし、丸井が「早く行けよ」と川瀬を逃す。もちろん川瀬のためじゃない。

「災難でしたね」

 と柳生がを気遣うが、は聞いちゃいない。「こんなところで会えるなんて運命だね♡」とハートを飛ばしながらいつものように真田に飛びつく。

「ええいっ放せっ! 奴も奴だが、お前もお前だ。何故このような人気のないところに一人で来た。一歩間違えれば犯罪に巻き込まれることだってあるんだぞ」
「真田が私のこと心配してくれるっ!」
「茶化すなっ! 俺は真面目に言っているのだっ!!」

 相変わらずのやりとりで埒が明かないので柳生がやんわりと割って入り、「さ、さんは暗くなる前帰宅しましょう。校門まで送りますよ」とを促した。
それに素直に従うも名残惜しそうに「バイバーイ」と手を振りながら何度も振り返るの姿を見送りながら幸村がおかしそうに笑う。

さん、格好よかったね」

「ね、真田」と同意を求められた真田はむっつりとした様子で帽子を被り直すだけだった。



 が突然モテ出した理由はわからなくもない。
これまで同級生なんて興味わないわ年上が好みなの、みたいなお高くとまった感じだったが急に同級生、しかも真田のような真面目で堅物なまるで正反対な男にいれあげているとなれば、俄然自分もイケるのではないかという謎の自信を持つ輩がいるらしい。
勘違いも甚だしい、と丸井は思う。

「あれから大丈夫なのかよ」
「なにが?」
「川瀬」

 それ誰だっけ? という様子のに「このまえお前に告白してきたクソ野郎だよ」と丸井が呆れる。はやっと思い出したか「ああ」と言ってしばし考えたあと「特になんにもないよ」と答えた。

「まぁ、真田の言うことは大袈裟かもしんねぇけどさ、逆恨みとかあるかもしんねぇんだから、ちょっとは気をつけろよ」
「例えばどういう風に?」
「行き帰り一人になんねぇとかさ。つーか、フるにしたって言い方ってもんあんだろい」

「だってムカついたんだもん」とは子供のように唇を尖らせた。

「別にいつもあんな風に断ってるわけじゃないよ。普通なひとにはちゃんと普通に『ごめんなさい』って返してそれで終わるし」

 プンプン怒ったあとが「なんでみんな“なんで?”って訊くのかなぁ」と心底不思議そうにぼやいた。

「好きになる理由ってそんなに大事? もしそうだとして、なんでそれを赤の他人に説明してわかってもらわなきゃいけないの? 似合うとか似合わないとか、勝手に決めつけられて、私はそれに従わなきゃダメ?」

 なんで真田なの? たぶん、はもう数え切れないほど何度もいろんな奴から訊かれたのだろう。うんざり、と顔に書いてある。
確かに丸井も思う。なんで真田? 例えば相手が自分だったら。
丸井は別に真田を自分より下に見ているわけじゃない。これは相性の問題だ。以前に赤也も言っていたが「丸井先輩とか仁王先輩とかならまだわかりますけど」、だ。
たぶんの相手が真田ではなく丸井であれば状況は違っていたように思う。
でも、だからなんだ、という話だ。
他人から見ていくら相性が良さそうだからといってそこに特別な感情がなくてはなんの意味もない。ひとがひとを好きになる理由は周りの誰かを納得させるためにあるわけではないのだから。
 きっと真田を好きだという気持ちがこんなにもを突き動かし、笑顔にし、輝かせている。
は恋をして変わった。真田を好きになったに恋をした時点で真田以外の男は敗北を認めるしかないのだ。

「お前、マジで真田のこと好きなのな」

 間髪入れず「うん」と返ってきて、丸井は呆れながらも笑ってしまった。