立海は三年になると学校行事がほとんどなくなる。
なので、今日の二年の強歩大会が実質最後の全員参加の学校行事となる。
半日かけて約三十キロ。日々テニス部で鍛えている真田からすればウォーミングアップにもならない。
気がつけば真田は中間地点である広場に早々に到着してしまっていた。そのあまりの早さにチェックポイントに立っていた教師にすら呆れられるほどだ。

「お前なぁ……。いや、教師の俺が言うのもなんだけど、これ一応最後の全員参加の学校行事だからさ、こう旧友たちと仲を深めよう的な意味合いもあるわけだよ」
「趣旨を理解しきれず申し訳ありませんでした」
「真面目かっ! まぁ、真面目なのは全然良いんだけどさ。部活や勉強だけが学校生活じゃ味気ないだろ」

 と、言っても真田がまったく納得していないことを悟った教師は「もういいもういい。お前の好きにしろ」とめんどくさそうに真田を追い払った。
 たかが校内の強歩大会。一位になったからといって特別なことはないし、最下位だからといってペナルティーもない。
自分より後から来る者たちを観察していると確かに仲のいい者同士語り合いながらふざけ合いながらのんびり歩いてくる者も多いことに真田は今更気づく。
彼らの楽しそうな姿を見ると真田にだって思うところはあるが、しかし同時に自分は自分だとも思う。
強歩大会なのだからまっすぐゴールを目指しただ歩くのみ。周りは関係ない。誰の目がなくとも、心には常に己の目がある。どんなことにも手を抜くということはしたくない。
幸村あたりに「だからお前は融通が利かない堅物だって言われるんだよ」と揶揄されそうだが、それがありのままの自分なのだから仕方がない。
 しばらくするとジャッカルと柳生がやってきた。
そのあとに柳と幸村が続き、さらにそのだいぶあとになって丸井もやってきた。
丸井はクラスメイトとふざけ合いながらやってくる。その中にはの姿もあった。
仁王はどうやらズル休みらしい。あとで叱らなければ。
 だだっ広い草原で各々が昼食を取る。午後のスタートはまた一斉だ。それまではこの場所でしばし自由時間である。
昼食の握り飯をすでに食べ終わってしまった真田はストレッチしたり、軽く走って体を温めたたりなどして余りの時間を過ごしていた。
すると、その途中で奇妙な光景に出くわす。
が何人かの女子と一緒に地面にしゃがみこみ、何やら草むらをガサガサと手で探っているのである。
「あった!」「あった?!」「あー違った」「ええー」「ごめーん」
聞こえる会話から察するに何かを探しているようなのだが……。
「案外ないもんだなぁ」と丸井の姿も見える。
真田が訝しげにその光景を遠くから眺めていると、

「四つ葉のクローバーを探しているそうですよ」

 と、柳生が木陰から現れた。

「なんでもさんがこれまで一度も見たことがないとかで」

 見つければ幸せになるという四つ葉のクローバー。さすがにそれくらい真田でも知っている。
実際、子供の頃に探したこともあったはずだ。そして、見つけて家に持ち帰ったあとどうしたかは覚えていない。そんな程度のものだ。
所詮葉っぱ。“幸せ”が具体的に何を指し示すのかはわからないが、叶えたい願いがあるのなら、草むらなんかにしゃがみ込んでないで、それを叶えるべく具体的な努力をする方が何倍も実りがあるだろう。あんな物を探すのは非力な年端もいかぬ子供だけだ。
 ほとほと呆れた真田はため息を吐く。
それに柳生が同意とも反意とも取れる苦笑いで答えた。
 はそれそれは熱心に草むらを捜索していた。
その様子を見て「なにか落としたの?」「手伝おうか?」と捜索の手が増えていく。
馬鹿なことは止めろと注意する者がいてもおかしないはずなのに不思議とそういう奴は現れない。
まったく真田には理解しがたい状況だ。
 普段のだってそうである。
恋愛なんかにかまけていないで、もっと自分のやるべき事やらねばならぬ事にこそ尽力できないのか。
先の件でが無能な人間ではないと知ったからこそ、真田は余計にそう思わずにはいられなかった。
 丸井に呼ばれたらしいジャッカルが加勢する。四つ葉のクローバーはまだ見つからないらしい。

「真田君はこれからのことを考えてテニスをしていますか?」

 真田は柳生の言葉の意味がわからず「どういうことだ?」と素直に訊き返した。

「何か一つのことに一生懸命になるということは案外怖いものです。必然的に捨てなくてはならないものが出てくる。しかも、そうした犠牲を払ったところで望む結果が必ずしも得られるとは限らない」
「それは努力が足らんのだ」
「誰もが皆、貴方のように宝を目指して大海原に漕ぎ出せるほど勇敢ではありません。それにもしそうまでして求めた宝箱が空だったら? あったとしても中身がガラクタだったら? そういう疑念を捨てて、何かを一途に追い求めるのは難しい。それが夢であれ、恋であれ」

「そろそろ集合の時間だから片付けとけよー」と注意して周る教師の声が聞こえてくる。
はそれでもまだしゃがみこんだままだ。

「私は真田君もさんもそれぞれ素敵だと思います」

 真田の夢は今度こそ自分たちの手で全国三連覇を成し遂げることだ。
理由などはない。やるからには頂点を目指したい、それだけ。負けたくない、勝ちたい。そう思うことは勝負の世界に身を置くものとして当然なのだと思っていた。
プロになる足がかりにしたい、大学の推薦が欲しい、そんなことを真田は考えたこともなかった。
勝利を求めたのは、自分のテニスを完うしたいから。ただそれだけなのだ。
 は真田が交際を断ってからも変わらず態度を変えない。
の心もまた真田への想いを完うしたいだけなのだと思えば、はじめて少し理解できる気がしてきた。

「さ、あと残り十分ですね。私も最後に少しお手伝いしましょうか」

「ご一緒にいかがですか?」と誘われたが真田は断った。
自分が為すべきことは一緒にクローバーを探してやることではないからだ。



「ゲッ副部長! 二年って今日は強歩大会で部活来ないじゃなかったんスかぁ?!」
「バカもんっ! あれしきのことで部活を休むほど俺はたるんどらんっ!!」
「ん? どうしたんだい、赤也。もう部活ははじまってる時間だろう。こんなところで油を売ってるなんて随分余裕だね。なら、俺が相手をしようか」

 真田のあとかたやってきた幸村が有無を言わさず赤也をコートに連れて行く。
続くように他の三年レギュラーもやってきた。そのなかにしれっと仁王も混ざっていたので、注意しようと思ったがやめておいた。
 今はなにより練習だ。
必ず勝つ。そのために。