校内をくまなく歩き周って探したがの姿はどこにも見当たらない。
恥を忍んで『森のどうぶつカフェ』に戻っての友人たちに確認してみると、は仁王と共に校内のどこかで宣伝活動中とのこと。

「てゆーか、ケータイ鳴らせばよくない? えっ、まさか真田持ってないとか言わないよね?」
「え、家電オンリー? 何時代のひと? 戦国時代?」
「戦国時代電話ねぇしっ!」

 姦しい笑い声が耳につく。箸が転んでも可笑しい年頃なのか、何がそんなに面白いのか真田にはまったく理解できない。
ひとしきり揶揄われたあと、やっとの携帯を鳴らしてもらえたのだが、結局はそれも不発に終わった。
あてのない搜索を再開し、これまた恥を忍んで「を見なかったか」と道ゆく知人に尋ねてはみたがここでも有力な手がかりは得られない。
どうしてこうも目撃情報すらないのか。
真田と同じく風紀委員のOBの腕章を腕につけた柳生を廊下で見つけ同じ質問をしてみたが、「見ませんでしたね」と案の定の答えが返ってきた。

「しかし、仁王君なら見ましたよ。ほら、あそこに」

 と、柳生が促がした方を振り向く。そこにいたのは仁王と——

「うさいぬではないかっ!!」

 真田は人をかき分け大股で着ぐるみに近づいた。
真田の存在に気がついた着ぐるみが両手を広げ真田を抱擁で迎える。
まるで真田との再会を心から喜ぶような健気な仕草に真田はまたも心を鷲掴みにされた。まこと見事な客引きであるとひとり感心する。

「なんじゃ風紀委員お揃いで。客引きキャッチはしとらんぜよ」
「しかし、貴方は通路で手品パフォーマンスもしていますね? 道路交通法にあたるのでは?」
「……お前のそれはボケだかマジだかわからんからめんどくさいナリ」

 着ぐるみに手を取られ喜んでいる場合ではない。ハッと我に返った真田は辺りを見回した。しかし、本来の探し人の姿はどこにもない。
仁王と一緒にいるはずでは? という疑問がそのまま視線に現れていたのだろう。目があった仁王が「なんじゃ。俺になんかようか」とニヤっと笑った。

「……貴様一人か?」
「そう見えるんじゃったらそうじゃのう」
「……がお前と一緒にいると訊いたのだが」
「あいつに何の用じゃ?」
「……お前には関係なかろう」
「それが他人にものを訊く態度かのう」

 ニヤニヤと笑われるのは屈辱的だが、ここはぐっと我慢である。これを逃せばまた振り出しだ。どうにか少しでも手がかりでも掴みたい。

「……空いた時間に一緒に周らぬかと誘いにきたのだ」

 真田が正直に白状すると、「それ本当っ!?」と声がした。一体どこから? と真田が驚いた矢先に着ぐるみが頭を取る。
そこから顔を出したのは紛れもなく本人。

「なっ!! こ、これはどういうことだっ!????」

 驚いているのは自分だけということに真田は二重に驚く。
「幸村、もしやお前は気づいていたのかっ!」ととなりの幸村を責めれば、「気づかないお前の方がどうかしてる」と素気無く返された。

「というか、お前は何故そのような格好をしているのだっ!」
「えっ、ダメ? 可愛くない?」
「い、いや、そのダメではないのだが……その、しかし……」
「メイドよりこっちの方が真田にはウケるって仁王が……」

 いらぬ知恵を植え付けた犯人が「ケロケロ」と鳴く。

「ねぇ、それよりさっきのホント? これ着てると視野も狭いし音も聞こえづらいから周りで何しゃべってるんだかもよくわかんないの。私の聞き違いじゃないよね?」

 真田が肯定してやると、は着ぐるみの頭を脱いだままバンザーイと手を上げて飛び跳ねた。
確かにこの動きはそのものだ。どうして見抜けなかったのか。

「私、午前中は仕事あるんだけど、午後からなら空いてるよ! それでもいい?」
「ああ。午後になったらお前の店に迎えに行く」
「うん、待ってる」

 約束を交わして一旦別れたあと、幸村が「愛だよね」としみじみ言った。

「何がだ」
「暑いだろうにおでこにいっぱい汗かいてさ。アレ、お前に喜んでもらうためだけに着てるんだよ」

「ほんと可愛いよね、さん」と言われて真田はふんっと鼻を鳴らした。当然だ、とでも言いたげな様子に幸村は苦笑する。



 きっかり五分前。真田がを迎えにいくとカフェの入口でなにやらもめている男女が見えた。
複数の男が一人の女を取り囲んでいる。
真田はすでに風紀委員の腕章は外していたが、「そこ、何をしているっ!」と正義感からそこに割って入った。

「真田っ!」

 と、中から飛び出してきたのはだった。
しかもは先程までの着ぐるみ姿ではなく、その他の女子と同じくぴらぴらヒラヒラの短い丈の服に、頭には兎の耳が付いていた。

「な、な、な、何故お前がそのような格好をしているっ!!」
「こっちの人手が足りないって言われて。でも、真田が来るまでって話だったのにまだダメって!」
「だってしょうがねぇだろう! 他の女子が全然帰ってこねぇんだから」
「そんなの知らない。私に関係ない」
「頼むよ。今、お前に抜けられたら店まわんねぇんだよ」

 は「知らない、嫌だ」の一点張り。
埒が明かないので真田が見兼ねて状況を尋ねると、「それが……」と一人がことの次第を語り出す。
 たちのカフェは有志の集まりでそもそも少人数の集まりだった。だが、やりたい者同士の集まりということもあり、モチベーションは高く、なんなら一般クラスより団結力はあったかもしれない。
そのおかげで準備は滞りなく進み、そして当日を迎えた。
頑張りの甲斐もあり客の入りもいい。努力に見合う結果に一同忙しいながらも充実感を感じていた。
毎年、文化祭の最後には出し物ごとに売り上げや乗員客数、一般客からの投票で満足度がランキングされる。
このままいけば一位も夢じゃない。そんな手応えすらあったところでハプニングが生じる。
野外ステージのスケジュールが押しに押して本来午前中最後の演目が午後にずれ込んでしまったのだ。
これにより午後には戻ってくる予定だった接客担当の女子が著しく減ってしまう事態が起きる。
このカフェの売りはなんといってもこの完成された世界観だが、給仕してくれる“可愛い動物”もその世界観に一役買っていたのは間違いない。
「頼むから戻ってきてくれ」と男子たちが懇願したところで女子たちはステージに夢中だ。
文化祭を目一杯楽しむために参加していた女子はもとより売り上げや乗員客数のランキングになどあまり興味がなかったらしい。
ここにきて男子と女子の目的の違いが露呈する。
栄えある一位に輝けば学校に併設されている食堂の無料券。食い物につられていたのは男子だけだったということだ。

「クソー丸井の奴っ! なにがクッキングショーだよっ! てめぇはもこみちかぁっ!」
「今アンコールかかりました」
「なんでクッキングショーにアンコールがあるんだよぉっ!!」

 こちらのぎゃあという野太い断末魔とは反対に外からはきゃあと黄色い悲鳴が上がる。どうやらあちらはかなり盛り上がっているらしい。

「イケメンで、スポーツ万能で、そのくせ飾らない気さくなキャラクターで普段から女子にきゃあきゃあ言われて……」
「お前、丸井のことそうとう買ってんだな」
「そうだよっ! 丸井がカッコいいのは認める。認めるけど、だからこそなにか一つくらいあいつに勝ちたい。ここまで頑張ったんだから俺は一位が獲りたい。真田だって男なんだから俺の気持ち少しはわかるだろ?」

 そう詰め寄られて真田は思わず「ああ」と返事をしてしまうと今度はが「えぇ」と不満そうな声を上げる。
こっちを立てればあっちが立たず、あっちを立てればこっちが立たず。ややこしいことになってきた。
 少し離れたところで事態を見物していた仁王がつかつかつとやってきての腕を取った。
廊下の端まで連れていき、なにやらこそこそと耳打ちをしている。
手招きで他の男子たちも呼ばれ、会議が始まった。ときより皆が真田の方を一斉に振り返るのだが、意味がわからない。
仁王が首謀なので怪しい。
 しばらくして結論が出たのか、が真田のところへ戻ってきた。

「あのね真田、もうちょっとだけ待っててもらえるかな?」

 の後ろでは男子たちが真田に無言のプレッシャーをかけている。
「……お前の好きなようにすればいい」と真田が答えてやると拍手が巻き起こった。



「今ですと相席になりますがよろしいですねー、ハイこちらへどうぞ」
「ロイヤルミルクティーケーキセットがうちでは一番高いんですけど、注文はそれでいいですか?」
「ドリンク空ですね? じゃあ席空けてくださーい」

 無茶苦茶な接客なのに何故か成り立っているのがの不思議なところだ。
これを終始真顔でやっているのだが、愛想がないわりに悪意も感じさせないので、結果的にそれが個性になって目当ての固定客すらついてる始末。

「けどなぁ……。なぁ、、もうちょっとニコっとできねぇの? 嘘でもいいからさ」
「お客さんがみんな真田だったらできる」
「……うん、わかった。もういい。いるだけマシだもんな」

「お姉さん、写真いいっスか?」と一人の客が了承も得ずに携帯のカメラをに向けた。
パッとそれをかばったのは同じく給仕に駆り出され、たまたまそばにいた仁王だ。ちなみに仁王はいつもの制服姿で給餌をしていたが、よく見ると尻にはふわふわと狐のしっぽが生えていた。

「撮影は有料オプションナリ」
「え、なにそれ。金取んの? つーか、金払ったら撮らしてくれんの? いくら? 払うから撮らせてよ」

 そこでやめておけばいいものの、まだ写真を撮るのをやめようとしない客は今度はスマホを握る腕ごと握りつぶさんばかりの強い力で腕を掴まれる。

「いい加減にせんかっ! やめろっと言っているのが聞こえんのかっ!」

 真田の怒号が店内中に響きわたった。
さすがにこれには客もぎょっとして、ぶつくさ言いながらもそそくさと店を去っていった。
迷惑な客が減るのは喜ばしいことだが、真田に恐れをなした関係ない客までこぞって出て行ってしまったし、残った客も明らかに萎縮していて、店の雰囲気は最悪だ。
だが、そんなことお構いなしの真田は自分の陣取った席にどかっと腰を下ろし、腕を組んだまま店内に鋭い視線を走らせる。
これでは恋人というより娘に悪い虫がつかぬよう目を光らせている父親にしか見えない。
「いっそのこと真田ごと店から出した方が売り上げ上がんじゃねぇ?」という意見も出たが、それではそもそもホールが回らない。
男子たちは仕方ないので真田のことは無駄にデカい番犬だと思うことにした。
 やっと丸井のショーも終わったらしく、女子たちが続々と店に戻ってきて、は解放された。
残り時間は少なかったが、真田はとふたり最後の文化祭を楽しむことができた。
 ——まではよかったのだが。
 文化祭の終了がアナウンスされ、一般客がはけていく。
ここからは在校生のための後夜祭だ。
店の片付けがあるというとは一旦別れ、真田も風紀委員のOBとして後夜祭を手伝うべく校庭へ急ぐ。
ところが、廊下の角を曲がったところで真田は突然複数の男に襲われた。さすがの真田もまさか校内で暴漢に合うなど思っていなかったうえに多勢に無勢。人数的な不利もあり真田はあっけなく捕まってしまった。
気絶させられて、次に目を覚ましたときには両手両足を縛られ、口にはタオルを巻かれて冷たい床に座らされているという無残な姿。
視界が自由なのは不幸中の幸いだ。どうやらここは学校の資料準備室らしいことはわかる。
校内でほっとしたが、現状がわからない以上まだ油断はできない。
ほどなくして外から複数の足音と声が聞こえ、ドアが開いた。
「これで勘弁してくれ」と言われ押し出されるように部屋に入ってきたのは制服姿に戻っただ。
は縛られてる真田を見て目をぱちくりとさせてあと、「ん〜どうしようかなぁ」と腕組をして小首を傾げた。

ふふがふっふんふんふんふふふっ!これは一体どういうことだっ!

 事情を多少なりとも知っていそうなに食ってかかっても所詮ふがふが言ってるだけ。
ふんがふふふふふんっ!とにかくこの縄を解けっ!」と喚いたところで「真田は縛り上げられててもカッコイイね、ふふふ」と話がまったく噛み合わない。
 は座っている真田に目線を合わせるように自身も床にしゃがみ込む。
そっと近づいてきて、腕を回された。縄を解いてくれるのかと思いきや、そうではないらしい。
はこの緊急事態とも呼べる状況で、いつものようにいや、いつもより穏やかに、まるでそこにいる真田の存在を確かめるように、そっとぎゅっと真田の身体に抱きついた。

「今日、楽しかったね。ちょっとしか一緒に周れなかったけど、最後の文化祭真田と周れてうれしかった」

「ありがとう、真田」と言う声は胸板に押し当てられているせいでくぐもって聞こえる。
 真田は後ろ手に縛られている腕をなんとか外そうと試みるが、机の足に縛り付けられているので、無駄にガタガタと音が鳴るばかりで外れそうにない。
が「私にこうされるの嫌?」と真田の顔を下から覗き込んだ。
真田はそのまっすぐな視線をしっかりと受け止める。そして、ふっと一つ息を吐いてから、一切の抵抗をやめた。
 ただ抱きしめ返したかったのだと伝えられればどんなにいいか。しかし、この状況ではそれもかなわない。なら、せめての好きにさせてやろう。
「嫌だったら言ってね」とがまた無茶なことを言う。
 ただ、問題は他にもあった。
いかに真田といえど長時間密着されれば身体が勝手に反応してしまう。しかもここは密室。
なんとか意識を反そうにも押し当てられたの身体はどこもかしもことごとく柔らかいうえにいい匂いがする。
心頭滅却すれば火もまた涼し。痛みになら堪える自信はあるが、これはそれとはまた異なった苦行だった。
妙な汗が背中を伝い、渇いたように喉が鳴る。

「あれ? 真田、汗かいてる? もしかして暑い? それとも……」

「興奮してる?」と耳元で笑を含んだ囁き声がした。真田が肯定も否定もできないうちにが「ん、いい匂い」と真田の襟元に顔を埋めだす。
の甘い吐息が首筋にかかり、真田は身震いをした。これはいよいよまずい。
 今やのなにもかもが真田の雄を刺激していた。だが、それにここで屈するのは真田の男としてのプライドが許さない。
どうにかしてこの窮地を脱せねばと強く思ったのがドアの外に届いたのか急に外が騒がしくなった。
ハッとして真田が身構えたと同時にドアが乱暴に開く。

「風紀委員が校内でいかがわしいことしてんじゃねぇぞっオラァ!」

 フライパンの底をおたまで叩きながら丸井が入ってきて強制終了となった。
 縄を解いてもらい、教室を出ると、森のどうぶつカフェの連中が揃って真田に頭を下げた。どうやら真田を好きにしていいかわりにに店番を持ちかけたらしい。あのときの悪巧みの真相が今わかる。

「……それほどお前らが勝利を欲していたのなら俺はもう何も言わん」

 真田の男気に男子皆感動していたのに、「ま、お前さんもその様子じゃ大分いい思いしたみたいじゃからのう」という仁王の指摘で台無しになった。