燃え盛るキャンプファイヤーを囲うようにできた輪にはまず男子が並ぶ。
高校生にもなってフォークダンスは気恥ずかしいと思う人間が多いのか、自由参加のこのイベントは毎年あまり人が集まらない。
だったらなくせばいいという意見が毎年浮上して議会にかけられるのだが、何故か結局なくならないという不思議なイベントだ。
風紀委員のOBである柳生や真田、それから生徒会のOBである柳は強制的に参加させられていた。
女子の参加は男子よりは多いがそれでも全体の十分の一にも満たないだろう。
実際に踊る人間よりそれを遠巻きに見てる人間の方が多い状況だ。
入場曲がかかり女子の列が男子の列の前にやってくる。
遠くから「真田ーっ待っててねーっ!」と叫ぶ声に、かすかな笑いがおきた。
真田の目の前にいる女子は完全に目がすでに次の相手である柳に釘付けになっているようだ。
毎年強制参加のようにこのイベントに参加していた真田だが今年初めて目の前の女子の気持ちが理解できた。
くるくる回り、ひとり、またひとりと順番が巡る。じわじわとやってくるそのときを待ち望む手は異様に熱い。
柳生がの手を放し、さぁ、と真田がの手を取ろうとしたところで割り込みが入った。
「仁王っ!!」
「なんじゃ飛び込み参加は大歓迎なんじゃろ?」
確かにそうだが、何故このタイミングでこの場所に割り込む。どう考えても嫌がらせ以外のなにものでもない。
ぎゃあぎゃあ言い合ってる暇もなく曲は進むので踊るしかなくなる。
「ほぉれ踊りんしゃい」と仁王がの手を取りの身体をくるりと回した。
が隙あらば仁王の足を踏んでやろうと明らかに間違ったステップを踏んでいたが、真田は注意しなかった。
一ターンが終わり次こそはとすると真田の間に仁王に続けとばかりに今度はなんと丸井とジャッカル、それに赤也と幸村までもが割り込んできた。
が「ぎゃあ」と悲鳴を上げるが、それをさらに上回る勢いで黄色い悲鳴を上げた女子の軍勢がの前に雪崩れ込んできた。
あともう一歩というところまで近づいたというのに波に押し戻され最初にいた位置よりも遠く離れてしまう。
やっと戻ってこられたは随分不貞腐れた顔になっていた。そんなの手を柳生が取る。本日二度目。
「可愛い顔が台無しですよ?」と紳士は慰めた。
「だって」
「レディには笑顔が似合います。ほら真田君まであと少しですよ」
納得したのか渋々か、半々の様子では柳生に向き合った。
そして、何か思い出したように「そういえば」とステップを踏みながら言葉を続けた。
「柳生のお父さんってうちのお母さんの担当医だったんだってね?」
「……それをどこで、いえ、話の出所は一つしかありませんね」
柳生はクイッとメガネのつるを上げてため息を吐いた。となりにいた仁王を睨んでやりたいところだが、仁王はすでに姿をくらましていた。
「言ってくれればよかったのに」
「……そうですね。すみません」
「その節は母が大変お世話になりました」
「いえ、私はなにも」
「じゃあお父さんにありがとうございましたってお礼言っておいて」
「……お礼ですか?」
「だって随分お世話になってたみたいだし。お母さん生きてるあいだ、自分の担当の先生めちゃくちゃ紳士でイケメンって褒めてたよ」
柳生には「だから言ったじゃろ?」と笑う仁王の声が聞こえたような気がした。
罠を張り巡らせるときは何重も。さっきの悪戯にはこんなサプライズも隠されていたのだ。そういえば踊っている最中なにやらの耳元で囁いていた。それも真田を揶揄うパフォーマンスなんだと思っていたが別の理由もあったらしい。
柳生はずっとに対して勝手に罪悪感を抱いていた。でも、それは同時にに対してとても失礼なことだった。
はそんな風に他人を恨む人間ではない。だから、お前も気に病むな。それがパートナーからの秘密のメッセージ。
がにっこりと微笑んで柳生を見上げる。
柳生もつられて頬が緩んだ。
真田君は随分素敵なひとと出逢えたんですね、と柳生は羨ましさを感じながらの手を離した。
「丸井は味方だと思ってたのに」
柳生の次にの手を取ったのは丸井だ。
不貞腐れたにそう言われて、つい丸井もムっとしてしまう。
「そうだよ。散々味方してやっただろい。だったら一曲ぐらい付き合え」
と半ば無理矢理の身体をくるっと回す。
「つーか、お前もうちょっと俺に感謝してもいいくらいじゃねぇ?」
「なんで? さっきも邪魔されたのに?」
「四つ葉のクローバーご利益あっただろい」
「あぁ、アレね。まぁ、確かに」
「まぁまだ気は早えみたいだけどな」
がきょとんとした表情をしたので、丸井は「なんでそんな顔してんだよ。お前もうくっついた気でいんのかよ」と呆れて笑った。
「よくわかんないけど、私、丸井からもらったクローバーにはテニス部が三連覇できますようにってお願いしてたから、もう叶ってるよ?」
当然まだ曲が続いているというのに丸井が突然ステップをやめてしまったので、も止まらざるを得ない。
「丸井?」とが丸井の顔を覗き込もうとすると逆に手を掴まれて「オラァ」とまたも力づくでくるっと回されてしまった。
頭に「?」を浮かべたままは次のジャッカルに引き渡される。
仁王や丸井とは違ってジャッカルは「邪魔して悪かったな」と申し訳なさそうだ。どうやら丸井に無理矢理連れてこられたらしい。
「まぁ、なんかいろいろあったけど、お前なら大丈夫そうだよな。幸せになれよ」
と爽やかな笑顔で送り出される。
「いや、俺もっスよ! 幸村部長に無理矢理……」
「赤也?」
「ゲッ地獄耳」
は赤也と幸村のやりとりを見てクスクス笑う。
「つか、マジで真田副部長でいいんスか?」
「なんで? 切原くんは真田のこと嫌い?」
「嫌いっつーか、嫌いとか好きとかじゃなくて、怖ぇっつーか、うるせぇっつーか……」
「でも、カッコいいよね、真田」
「まぁ、テニスしてるときは……って俺何言わされてんの?!」
がおかしそうに笑う。くるっと最後のターンをして切原の手を離せば、あと真田まで一人である。
最後に立ちはだかるのは——
「ラスボス登場なんちゃって」
と随分ご機嫌な幸村だ。
「ごめんね、割り込んで。でも俺も最後にどうしてもさんと踊りたかったんだ」
学園の王子様である幸村にこんな甘い言葉を言われて「じゃあ真田の後ろに並んでくれればよかったのに」としれっと返せる女子はそうはいないだろう。
幸村はおかしそうに「ふふっそうだね、ごめん」と笑った。
「真田のことが嫌になったらいつでも俺のところにおいで」
「幸村ァっ!!」
「アハハ、なんてね。これからも真田のことよろしく」
最後にそう言って幸村がの背をそっと押す。
そして——
「真田っ!」
「コラ、離れんかっ! 踊れんだろう!」
勢い余ってが真田の身体に抱きついた。ある意味予想通りの行動。狼狽えているのは真田だけだ。
「今はそういうときではないっ! きちんと踊るぞ」
ハーイ、と素直に返事をしたは誰がどうみても幸せそうだ。
その前にいる真田も緊張や照れで表情は固いが、を見つめる瞳は優しい。
一方通行だった想いがはじめて向き合った。その瞬間はずっとふたりを見守ってきた者たちにとっても感慨深いものがある。
だが、まだ曲は続いている。
いつまでも二人で踊っていたいが輪の中にいる以上そうもいかない。が動かなやれば後ろがつかえてしまう。
今度は柳がの手を取った。
「ふたりの世界にいるところ悪いがを少々借りるぞ、弦一郎」
「やだぁ貸さないで」
「弦一郎と踊りたいのならもう一周するといい」
柳の言葉に気を引き締め直しただったが、円ははじめの頃と比べると優に三倍近く大きくなっていた。
どう頑張ったところで当然、が再び真田のところにたどり着く前に音楽は鳴り止んでしまう。
見事ギリギリで総合優勝した果たしたたちはこれから盛大に打ち上げらしい。
「また明日!」とあっさり手を振って去っていくに肩透かしを食らうが、いつものらしいと思えばそれも悪くない。
なにも焦ることはないのだ。ゆっくり自分たちなりに歩んでいけばいい。
一人悦に入ってる真田に「で、結局さんに肝心なことは伝えられたの?」と幸村が水を差す。
「いや、それはまだだが問題はない」
「そうだといいけど」
「『また明日』だ」
今日の次は必ず明日が来る。
幸せの真っ只中にいる真田はそれをまったく疑っていなかった。