構える前にシャッター音が鳴った。
同時にフラッシュがたかれて真田は思わず目をつむる。
「あ、変な顔。てゆーか、顔じゃなくて全身撮りたかったんだった! あれ? 真田おっきすぎて全然画面に入りきらないな、どうしよう」
なんとか真田の全身をカメラに収めようとが真田にレンズを向けたまま後ろに遠ざかっていく。
「やめんかっまったく何をやっているのだっ! そもそも校内での携帯電話の使用は緊急時以外禁止されている」
「えぇーでも思いついたら我慢できなくて」
「今度は一体何を思いついたんだい?」と真田と一緒にいた幸村がに喜々として訊く。
「あのね、真田の等身大の写真で抱き枕カバー作ろうと思って! 最近はさ、一個からでもそういうグッズ作れるんだって! すごいよね!」
「だから、ほら、カッコイイポーズして!」と無茶振りもいいところだ。
朝から学校の廊下で突然はじまった撮影会に通りかかる奴らの視線が痛い。
「どうさん、いい写真は撮れたかい?」
「ダメ、最初のやつ以外全部ブレちゃったぁ。ねぇ、もう一回! あともう一回でいいから! ね?」
「駄目だ。もう予鈴が鳴る」
は「真田のケチ」と唇を尖らせながらも真田と幸村のとなりに並んでまだ海原祭の名残の残る廊下を一緒に教室の方へ歩きだした。
幸村が意味ありげな視線を真田に寄越してきたので、“わかっている”と真田は表情で答える。
そうだ。今日こそは、だ。
「……放課後でいいのなら時間を作ってやろう」
真田の言葉に「えっほんとにっ! やったぁ!!」とは目を輝かせた。
のクラスにつき、が「それじゃあまた放課後ね」と満面の笑みで手を振りながら教室へ入っていくのを幸村と見届ける。
「さんってほんと次から次へと面白いこと考えるよね」
「まったく付き合わされるこっちは身がもたん」
幸村がクスクスと笑い出すので、真田は赤くなった頬を隠すように足早に自分のクラスに向かった。
放課後になったら、気が済むまであいつに付き合ってやろう。
そして、今日こそ自分の想いを余すことなくすべて伝えるのだ。
そのときがどんな表情を見せてくれるか想像するだけで自分の顔がだらしなくにやけてしまうのを真田はなんとか堪えるが、堪えきれれず漏れ出た桃色のオーラはクラスメイトを困惑させるほどだった。
「コレヤバくね? 完全に盗撮じゃん」
ふと聞こえてきた“盗撮”という悪質な言葉に真田の神経がピリッとする。
クラスメイトの男子は二人で携帯電話の画面を覗き込み何やらニヤニヤしていた。
どうせいかがわしい物でも見ているのだろう。そういう類の物に興味が湧くのは同じ男としてわからなくはないが、何故それを学校でわざわざ見るのかは理解に苦しむ。
それにそもそも校内での携帯電話の使用は緊急時以外禁止されていた。見つからなければいいという話でない。
注意しようかと思ったがそれも馬鹿馬鹿しい。無視を決めたものの会話が自然に耳に入ってしまうので不愉快極まりない。
「下着モロ見え。黒のレースとかどエロかよ」
「おっぱいでけぇのにウエストがシュッとしてんのも最高」
「つーか、コレ誰だっけ? うちの学年だよな?」
「たぶん、G組の——」
“”という名前が聞こえたのとほぼ同時に、真田はそのクラスメイトの胸ぐらをすでに掴んでいた。
「ちょ、えっ何すんだよ真田っ!」
胸ぐらを掴んでいない方のクラスメイトが青い顔でさっと自分の携帯を隠したので、それを奪い取る。
開かれたままだったメッセージアプリの画面にはまさに着替え途中であろう女子生徒の生々しい写真がいくつも添付されていた。
はっきり顔は写っていなくても顔見知りならこれが誰だかわかるだろう。
そこに写っていたのは紛れもなくだった。
「コレはなんだっ!!」
「知らねぇって!」
「知らないわけないだろうっ!!」
「なんかいろんな奴から適当に周ってきただけでマジで知らねぇんだよっ!」
「誰からだ! 誰がこんなものを撮った!?」
真田に締め上げられたクラスメイトは「知らねぇよ!」と絶叫する。
教室が騒然とする中、騒ぎを聞きつけたのか隣のクラスの丸井が駆け込んできた。
丸井は舌打ちしたあと、真田とクラスメイトを引き剥がし、問答無用でその画像を見れないようにしてからクラスメイトに投げ返す。
「何をする、丸井! 話はまだ終わっとらんぞ!」
「今そいつらに何聞いたってなんも出てこねぇよ! それよりが職員室に呼ばれた」
「何!?」
「たぶん事情聞かれてるんだと思う」
「……お前のところにも送られてきたのか」
「たぶんもう学校中周ってる」
真田が怒りに任せてそばにあった机を思いっきり殴った。近くにいた関係のない女子の喉からヒッと悲鳴が上がる。
「消せっ! 今すぐにだっ!!」
真田はその場にいた全員に対して聞こえるようにそう言い放ってから教室を後にした。
廊下を駆け抜けの元に急ぐ。真田たちが職員室に着くと丁度が担任と一緒に出てくるところだった。
真田たちに気づいたがパッと顔を明るくする。いつもの笑顔に肩の力が抜けた。
担任に「じゃあ気をつけて帰れよ」と送り出されたのを見て、丸井が「お前帰んの?」とに訊いた。
「なんかいろいろ解決するまで家にいろだって」
それを聞いて真田は「を家まで送りたいので、早退してもよろしいでしょうか」と自分から申し出た。
担任の許可も得られたので真田はとともにこのまま早退することになる。
鞄は丸井が真田たちの代わりに教室に取りに行ってくれた。
いつもの帰り道。いつもの。となりを歩くは上機嫌で真田の腕にしがみつきながら鼻唄まで歌ってご機嫌の様子だ。
最初はいつも通りで安心したが、そのあまりの能天気さに真田はだんだんと苛立ってきた。
どうしてこの状況でそんな調子でいられるのかまったく理解できない。
「……何か心当たりはないのか?」
「なにが?」
「……誰に撮られただとか、何処で撮られたかだとかだ」
「『誰に』はわかんないけど、たぶん撮られたのは文化祭のときだと思う。ほら、着ぐるみからメイド服に着替えるときか、メイド服から制服に着替えるときとか、あの日何回も着替えたから。てゆーか、あの写真真田も見たの?」
真田の無言を肯定と捉えたのだろう。が「あぁあ、だったらもっと可愛い下着着てればよかったぁ」と嘆いた。
それを真田が「バカもんっ!!」と一喝する。
「ヘラヘラしおって一体何を考えているのだっ! 隙があるからこういうことになったのがまだわからんのかっ!!」
は一瞬なにを言われたのかわからないかのように大きな瞳をぱちくりとさせた。
そして、そのまま表情を変えず、「私が悪いってこと?」と真田に尋ねる。
真田はその言葉にハッとした。自分を見つめていたの瞳はすでに冷えていた。
「私が楽しそうにしてたり、笑ってたりしたらダメ? あのときもっとこうしてたらとか、こうしなければとか省みて、悲しんでたり、怒ってたり、傷ついてなきゃダメ? 今もどこかでやった方はヘラヘラ笑ってるかもしれないのに
咄嗟に触れようとした真田の手をが拒絶した。
「ここまで送ってくれてありがとう。もう大丈夫だよ。また明、あ、明日はないか。じゃあまたいつか」
「バイバイ」と言ったは振り返ることなく真田を置いて去っていった。