写真のアングルからおおよその撮影位置を突き止めるとそこは文化祭当日一般客が立ち入り禁止されていた場所だと判る。
そして主に立海の男子生徒の間で短期間に爆発的に拡散されたことから、おそらく犯人は立海生であろうことはすぐに見当がついた。
あとは片っ端から生徒を捕まえては送られてきた画像の拡散主を割り出す。もちろんそのとき画像を消させるのも徹底した。
ほどなくして犯人は判明する。犯人は以前にこっぴどく振られた男子生徒だった。
文化祭のとき、空き教室の窓の近くで着替えているを偶然見つけて出来心で撮ったらしい。
面白さ半分、嫌がらせ半分の行為。
だが、遊びでしたで終わらせられる範囲を超えていた。
なんらかの処分が下るだろうと思ったが、言い渡されたのは一週間の停学処分。
軽すぎるのではと学校側に抗議したが、あまり大ごとにしたくないという側からの申し出で決まった処分だと聞き、真田たちは黙るしかなかった。
事件のほとぼりが冷めて一週間。はまだ学校に来ていなかった。
「しばらくはそっとしておいてあげるのも優しさかもね。時には見守るってことも大事だから」
という幸村の言葉に素直に従ったというより真田自身がにどう接すればいいのかわからなかったというのが本音だった。
あとにして思えばあのとき真田はに対してではなくそばにいたのに守ってやることのできなかった自分の不甲斐なさに対して腹を立てていたのだ。は何も悪くない。
例えに落度があったとしても、それは加害を加えていい理由には決してならない。
の言う通り被害者は加害者のために被害者でいる必要はないのだ。
罪を背負い苦しむのは加害者だけでいい。
お門違いな八つ当たりをしたことを謝りたかった。平気なはずがない。怖い思いもしただろう。真田の前では心配をかけぬようにと気丈に振る舞っていたのだとしたら、真田はそれを土足で踏みにじったことになる。拒絶されたのも当然の報いだ。
想いを伝える資格などもうありはしないだろう。
そう思う一方で、それでも会いたいと焦がれる気持ちが真田をのクラスに通わせていた。
そこには「真田」と呼ぶ声も、嬉しそうに駆け寄ってくる笑顔もない。
そのことに毎度打ちのめるのだが、また次の日になると脚はのクラスに向かっていた。
真田がいつも通りの教室へ出向くと、教室の入口での友人たちと丸井が話しているのが目に入った。
がいるかどうかだけ確認してすぐに退散するつもりだったが、丸井と目が合ってしまったのでそうもいかず、流れで真田もその輪に加わった。
「……今日も来ていないのか」
わかってはいながらもそう口にすれば、の友人たちは力なく頷いた。
「二、三日前から風邪引いてるって言ってたけど……」
「……仮病かもね。でも、まぁ出席日数は足りてるみたいだし来たくないんだったら無理して来なくてもね」
誰もが通夜の席のような暗い表情だった。
一人が「そういえば真田、と何かあった?」と思い出したように真田の顔を見る。
「私元気付けようと思ってさ、『真田が心配して毎日うちのクラスに来てるよ』ってに教えてあげたんだけど、スルーだったから珍しいなって思って」
「てゆーか、真田はと連絡取ってないの?」
真田が「……連絡先を知らんのだ」と応えると「ええー!」という大袈裟な反応が返ってくる。
「えっ、ほんとに家電しかないとかないよね? スマホは持ってるよね?」
「……ああ、一応所持はしている」
「じゃあなんで知らないの? え、もしかして真田教えてあげなかったの?」
「……そもそも訊かれていない」
「ええ? ちょっと意味わかんない?? 普通連絡先なんてまず交換するもんじゃないの??」
「ちょっと抜けてるとこあるから」
「それにしてもでしょ。ええー……マジで意味わかんない」
とりあえずの連絡先教えてあげるからと世話を焼かれたが、「連絡先を他人づてに訊くのは礼儀に反する」ともっともらしい理由をつけて真田はそれを断った。
の友人たちに礼を言い、真田は丸井とともに教室をあとにする。
丸井は真田が来てからずっと黙ったままだったが、廊下をだいぶ進んだあたりで突然立ち止まり、「……お前、に何言ったんだよ」と真田に鋭い視線を向けた。何も答えられない真田の襟首を丸井が力任せに掴んで廊下の壁に押し付ける。
「どうせロクでもねぇこと言ったんだろい」と言い当てられて、真田は「ああ」と返事をするほかなかった。
「そんで? 傷つけたって今度はお前が傷ついてんの? 馬鹿じゃねぇの?」
「馬鹿とはなんだっ!!」
「馬鹿だろいっ! 傷つけたってわかってんだったら、こんなとこでウジウジしてねぇでさっさと謝りにいけよっ甘えんなっ!!」
甘えている。確かにそうだ。
これ以上の拒絶されるのが怖くて、真田はこの後に及んでからのアクションを待っていた。
に許すきっかけも与えずにただそのときを待っていただけの自分はなんて臆病で卑怯な奴なのだろう。
廊下の向こうからの友人の一人が駆けてきたので、丸井が真田を乱暴に放した。
「えっ、何してるの? ケンカ?」
「別に。大したことじゃねぇよ。んで、お前こそなんか用あんじゃねぇの?」
「あ、……うん」
そう言っての友人が真田の方に向き直った。そして、躊躇いがちに口を開く。
「……ね、小さい頃に両親が離婚してて、ずっとお母さんと二人暮らしだったんだけど、そのお母さんも三年前に亡くなってて……そういう話、から聞いてる?」
と、訊かれて真田は正直に「いや」と首を横に振る。
「えっと……それで今はお父さんのところに住んでるんだけど、お父さん再婚してて……はあんまり自分のこと話さないし、私たちに相談したりとかもなかったけど、たぶんあんまり今の家居心地良くはないと思うの。今回のことでいろいろ辛いことあったと思うけど、でも今家に一人でいるのもすごく辛いんじゃないかなって……」
たどたどしく語られた言葉を真田は唖然とした気持ちで聞いていた。
真田は自分がいかにを知らなかったかを思い知る。そして、知ろうとしてこなかったことも。
「私たち地元違うから誰もの住所は知らなくて。でも、きっと職員室に行けばわかるでしょう。だから……」
真田は意図を汲み取り「わかった」と頷いて、安心させるようにの友人の肩を叩いた。そして、職員室の方へ歩み出す。
「私も一緒にお願いする。同じ女子から頼んだ方が教えてもらえるかも」と涙を拭いたの友人も着いてきた。
「ったく。二人より三人だろい」と丸井も後に続く。なんとも心強い味方だ。
だが、
「ダメに決まってんだろ」
現実はそう甘くなかった。
「あのなぁ、今のご時世個人情報には学校といえどうるさいんだよ。自宅の住所なんか勝手に教えられるわけないだろ」
の担任に掛け合ったが取りつく島もない。
何か別の方法を考えなくては、と真田たちが職員室をあとにしようとしたとき、後ろでバサバサと書類の山が崩れ落ちる音がした。
「あーやっちまった。うっかり大事な名簿落としちまったー」
の担任が大きな独り言を言ったかと思うと、今度は小声で「早く拾え」と怖い顔をする。
「先生っ!」
「しっ! 早くしろ! 見つかったら俺が怒られるんだからな」
真田はのページを拾いあげ、丁寧にたたんでポケットにしまう。
帽子をとって深々と礼をして、職員室をあとにした。
の家は立海の最寄り駅からバスで三十分の閑静な住宅街にあった。
あたりには大きな屋敷が多いが、の家はそのなかでも一際大きなものだった。
高い塀で囲われていて中の様子は外からでは窺い知ることはできない。
「お願い、のこと助けてあげて」、「今度は失敗すんじゃねぇぞ」、と言って送り出してくれたの友人と丸井の言葉を胸に真田は背筋を伸ばして大きな門の前に一人立ち、呼び鈴を鳴らした。
インターフォン越しに「どちらさまでしょうか」という固い声がある。
真田が名乗り、に会わせて欲しいと請えば、大きな門が自動的に開いた。
これは入っていいということだろうか。真田がそっと門をくぐると奥の母屋から一人の中年の女が出てくる。
の母親——とはいっても血が繋がってはいない——だろうか。真田がそんな風に思っていると「お嬢様はこちらです」と母屋とは別に建てられた離れ屋敷に案内された。
お手伝いと思われるその女は離れの玄関に着くと手付かずであろう置きっ放しになっていた膳を拾い上げ、「それでは」と真田を残しまた母屋に帰っていった。
離れ屋敷にも呼び鈴を見つけ、鳴らしてはみたがしんと静まり返って応答はない。
入口の戸に手をかけてみると、あっけなく開いてしまった。
少し迷ったが、「入るぞ」と声をかけてから真田はの部屋にそっと足を踏み入れた。
小さな玄関から直接一室が繋がった造りになっていて、奥には台所や水場の設備など一通り生活に必要なものは揃っているように見える。
照明は点いておらず、窓にはカーテンが引かれたままだったので、部屋全体が薄暗い。
は窓のそばにあるベッドで眠っていた。
もう十分秋にさしかかり肌寒いというのに額にはうっすら汗をかき、呼吸も苦しそうに見える。
どうやた風邪を引いていたというのは本当だったらしい。
がゴホゴホッと大きく咳をする。誰かが看病をしている気配はなかった。
真田は迷いはしたものの、靴を脱ぎ、それを丁寧に揃えてから部屋に上がった。そして、のそばまで行き腰を下ろす。
暖房器具のせいか締め切った室内は少々空気がこもっているように思えて、これでは身体に悪いと窓を開けようとしたときに、がもぞもぞっと動き出した。
起こしたかと思ったが、どうやらただ寝返りを打っただけらしい。
布団が剥がれ落ちたので、掛け直してやろうとしたときに、真田はが携帯電話を大事そうに抱えていることに気づく。
大方誰かと連絡を取ってるうちに眠ってしまったのだろう——しかし、電子音とともに通知が入り画面が光ったので目に止まったロック画面の画像が別の意味を真田に示唆した。
「あのね、真田の等身大の写真で抱き枕カバー作ろうと思って! 最近はさ、一個からでもこういうグッズ作れるんだって! すごいよね!」
これを抱き枕の代わり、いや真田自身の代わりにしていたのだろうか。
画面にはあの日に突然撮カメラを向けられ思わず目をつぶってしまったお世辞にもいい写りとは言えない真田の写真が映し出されていた。
がゆっくりと目を開ける。
おぼろげな視線が彷徨ったのち真田をとらえると、ふわりと優しい笑みに変わった。
「逢いたかった」と溢れたの声ごと真田はの身体を堪らず抱きしめていた。