○帰り道にてにて
楽しかった? と訊かれては考えた。
確かに楽しかった。美味しいお寿司を食べられたし、いろいろなことを話せてストレス発散にもなった。
でも、素直に肯けない自分がいる。
今回だけじゃない。
これまでも何度か同じ場面はあった。
他人から好意を持たれたことに浮かれてその場は楽しめてしまうのに、いざ一歩踏み出そうとするとあのときのことをどうしても思い出してしまう。
記憶の中の手塚が腕を掴んで「行くな」とを引き止める。それが自分の願望が見せる妄想だとわかっていても振り払えない。
「楽しくなかった?」
「そんなことない! 幸村くんと話せて楽しかったよ。楽しかった。でも……」
「手塚のこと好きなままでもいいよ。難しいことは抜きにしてさ、ときどきこうやって俺と楽しくすごすのはどうだい?」
まさかの提案には目を白黒させる。
その様子が面白かったのだろう。幸村がハハハッと吹き出した。どうやら揶揄われていただけらしい。
「そんな顔しないで、ほら、笑って」
「幸村くんがこんな顔にさせたんですぅ」
「素直で可愛いね。ますます好きになったよ」
もう冗談だとわかっているので「好き」という言葉にも動じない。
そもそもナンパなどと言っていたが、幸村が興味あるのはではなく手塚だ。
「手塚のことがそんなに好き?」
笑い涙を目尻に溜めてそれを指で拭いながら幸村が訊く。
揶揄われていることが無性に腹立たしくて、いつもなら隠せる本音がポロリと出た。
「好き。大好き。一緒にいられなくても、私よりテニスが大事でも、私は手塚が好き」
だけど——
「フラれるのわかってたなんて嘘。強がり。本当は『待っていてほしい』って言ってくれるんじゃないかって思ってた。今でも思ってる。でも——」
絶対にフラれるってわかっていて告白する勇気なんてない。
当然“もしかしたら”という淡い期待があった。誠実な手塚ならの気持ちを受け止めて必ず帰ってくると約束してくれるんじゃないかって、そう期待していた。
だから答えならもうあのときに出ていた。手塚は約束すらしてくれなかった。それが答えなのに認めたくなくてずっとしがみついてきた。
「諦めたくない。諦められない。でも、もう無理、限界。手塚がそれを望んでないならもうやめる」
幸村が「優しいね」と薄く笑う。
「違う。優しさなんかじゃない。手塚が私の狡さに気づいて軽蔑するまえに終わらせたい。手塚に嫌われたくない」
の眼からポロポロと悔し涙が溢れる。
どうしてもっと相手のことを考えてあげられないんだろう。なんで自分は自分のことばかりなのだろう。
あれから十年も経つというのにまだ子どものまま。
幸村が小さな子どもをあやすようにの頭をそっと撫でた。
「その綺麗な涙を拭ってあげたいけど、きっとそれは俺の役目じゃないんだろうからやめておくよ」
うん、と頷いては自分で涙を拭った。
「お酒、弱いのに飲ませちゃってごめんね。泣き上戸なんだね」と幸村に言われて、は自分が酔っていることをはじめて自覚した。