○生徒会室(十年前)にて

「ドイツに行こうと思っている」

 言うつもりのなかった言葉が唐突に口から飛び出した。
一緒に生徒会室にいたがきょとんとした顔をする。

「うん? あ、お土産よろしく?」

 が誤解しているようなので、旅行ではなく留学しようと思っていると訂正すると、はますます眼を大きく見開いた。

「……驚かせてすまない」
「あ、うん、それは全然いいんだけど、え? いつから?」

 今週末には日本を立つと告げると、は今度は黙り込んだ。よほど驚かせてしまったらしい。

 ドイツへ行くことはU-17の合宿中に決めた。もう迷いはない。手塚が今日学校に来たのは諸々の手続きを済ませ私物を回収するためだ。
任期を完うできなかった生徒会としての仕事は気がかりだが、副会長のをはじめ、他のメンバーの優秀さを思い出せば少しは気持ちが軽くなる。
簡単な引き継ぎ資料を作成して学校を出ようと、最後に生徒会室に寄ったのが間違いだった。

 の瞳がみるみる涙で歪む。

 そんな顔を最後に見たいわけじゃなかった。笑っていてほしい。そう望んでいるはずなのに、自分はいつも泣かせてばかりだ、と手塚は全国大会後のことを思い出した。

 せめてもの詫びの気持ちで、その涙を拭おうとハンカチを差し出そうとすると

「……好き、手塚。私、手塚が好き」

 と震える声でそう告げられ時が止まる。

 ——そうか、は俺が好きだったのか

 はじめて触れた相手の想いに自身の想いも呼応したように熱くなる。

だが——……

「……今は、おまえの気持ちに応えることはできない」

 これから始まる孤独な闘いに道連れはいらいない。

「うん、そうだよね。急にごめん。気にしないで、忘れて」

 背を向けて生徒会室から逃げるように出ていこうとするの腕を手塚の左腕が捕まえた。反射で動いたとしかいいようのない事態に手塚は自分のことながら内心ぎょっとする。だが、それも表情には出ていないはずなのでには伝わっていないのだろう。

「……えっと、なに?」

 と言われても手塚は離せなかった。なんとか「俺もおまえが好きだ」という言葉を押し込めてからようやくの腕を離す。

「生徒会のことなんだが——」

 我ながら酷い誤魔化しようだったと思う。
幸いなことにが真面目だったため引き継ぎ業務は滞りなく終わった。