※本編には書ききれなかったちょっとした子ネタ

▼ がっくんは心配性

以下、氷帝幼馴染S(向日・宍戸・芥川)の会話

「なぁ、」
「あ?」
「昨日ユーシの家でユーシとと遊んだ」
「は!?」
「がっくん、空気読みなC〜」
「わかってるよ! つーか、違ぇんだって! いや、昨日の帰りさ、いつもの調子でユーシに『今日おまえん家行くからな』って言ったらとなりにいてさ……」
「あ〜……」
「気づかなかったんだって! んで、俺もあって一応思ったわけ。んで『やっぱいいわ』って言ったんだけど、が『ゲームするの? 私にも教えて』って」
「いや、忍足に教えてもらやぁいいだろ」
「そんなん知らねぇよ。知らねぇけど、ユーシにも教えてやってくれって言われて、結局そのままユーシん家で三人でゲームして遊んだ」
「へ〜……」
「感想なしかよっ!」
「ねぇよ! 今の会話にヤマもオチもなかっただろ。ジローが起きて最後まで聞いてたのが奇跡だっつーの!」
「んで、がっくんは何が言いたかったわけ?」
「いやさ、って笑うんだなぁって」
「そりゃ笑うだろ?」
「にんげんだもの」
「みつをかよっ! じゃなくて、なんつーか、案外普通なんだなぁって」
「どゆこと?」
「なんかもっとお高くとまってる? みたいなイメージだったから、いい意味で昨日それが崩れたっつーか……」
「そんで、がっくんもちゃんのこと好きになっちゃったと」
「違ぇよっ! なんでそーなんだよっ!」
「さんかく〜」
「だから、違ぇっつってんだろっ! ただ俺はっ!」
「俺は?」
「〜〜っんでもねぇよ! オラ、もう帰ろうぜっ!」
「がっくんが駄弁ってたんだC〜」
「うっせ!」

「なんだアレ?」
「おっし〜が幸せそうでよかったってことじゃん?」
「ふ〜ん??」

▼ 立海と合同練習の弊害

 きゃぁー! と黄色い歓声と、おぉー! と黄色いと比喩するには少々野太い声が同時上がり跡部は嘆息する。
となりにいた幸村がクスクスと愉快そうにそれを笑った。
 立海と合同練習をするといつもこうだ。
一度丸井がコートに入ればジローとマネージャーのはフェンスに張り付き、アイドルの親衛隊かのごとく丸井の応援する。
しかも、それに対して丸井がことあるごとにウィンクをしたりファンサービスを欠かさないものだから、ジローとは盛り上がる一方だ。
 ……おまえら、一体どこの学校の人間だ。

「可愛いね」

 幸村の言葉に跡部はわざと反応しなかった。

「いいな、女子マネージャー」
「あーん? なら募集すりゃあいいだろ」
「真田が怖くてみんなすぐ辞めちゃうだよね」

 本当に怖いのは真田か? と疑問を抱いた跡部のとなりで幸村が「いいなぁ」と再びぼやいた。
 今日は通常の授業がない土曜日のなので一般のギャラリーはほとんどいない。
ジローとの声がより目立っていた。

「ねぇ、跡部。さん、頂戴?」

 にこにことしている幸村を一瞥してから、跡部はキッパリと「駄目だ」と言いきった。
なぜかそこで幸村が吹き出す。

「冗談だよ、冗談。そんな顔しないでよ」

 笑いながら肩にかけたジャージをなびかせ、やっと空いたコートへ幸村は入っていく。
相手はさっきの丸井の試合で完全にテンションが上がってるジローだ。
フェンス越しに「丸井くーん! 俺の試合も見ててねー!」と飛び跳ねている。
 は跡部の後ろに置かれたホワイトボードに丸井対宍戸のスコアを記入していた。

「跡部、どうしたの?」
「……何がだ」
「え、いや、なんていうか眉間に『むーん』って感じのシワがすごい寄ってるから……」

 心配顔のを「なんでもねぇから、早く持ち場に戻れ」と追い払った。
 そうして、自分も邪念を払うように二、三度をラケットで素振りをしてからコートへ向う。

「このときを待ちわびたぞ、跡部!」
「あーん? そうかよ。自分が負けるのを楽しみにしてるんなんざ随分変わった趣味だな、真田」
「貴様! その減らず口すぐにでもきけなくしてやろう!」
「ふん、いい度胸だ。かかってこいよ、全力でいいぜ」
「望むところだ!」

 そんなやりとりを離れたところで聞いていたが「練習だってわかってるのかしらね、あの二人」と呆れた。
はふふふと笑い、胸の内で「頑張れ」と密かに声援を送った。

▼ 氷帝のバレンタイン

 は大きくて真っ赤なハート型の箱を一つ。
 は大きな紙袋いっぱいに小分けにした物をたくさん。
 はシックな包装紙に包まれた小箱、それとそれを入れた小さな紙袋にも包装紙と同じロゴマークがさりげなく入っていた。
 三者三様。皆それぞれの物をこの日のために用意していた。

「あれ!? なんで、買ったやつ? 昨日のは?」
「こうなることは予めわかってたから先に買っておいた」

 が「えー!」と非難のする一方、明らかに忍足はほっと胸を撫で下ろしていた。

「今年は三人で一緒に作ったんだ。見た目はちょっとアレだし味もちょっとアレだけど愛だけはずっごく籠ってるから! はい、亮ちゃん。ハッピーバレンタイン」

 から特大のハートをもらった宍戸は顔を引きつられているが、きちんと受け取っていた。愛だ。愛以外の何物でもない。
 
のは毎回被害が宍戸だけだからいいけど、問題はおまえな、

 向日に指摘されては「はぁ?」と憤る。
しかし、「おまえ、去年のクッキーだかケーキだかわっかんねぇやつ生焼けだっただろ!」と返され「う、」と言葉を詰まらせた。
去年のバレンタイン、はフォンダンショコラになりぞこないのただの生焼けチョコレートケーキを友人や部員に配り歩いた。
それは食あたりの被害こそでなかったものの、「の生ケーキ事件」として氷帝バレンタインの歴史に大きな爪痕を残すほどの残念な物だった。
 だって反省はしているのだ。
だから今年はきちんと味見もしたし、そもそもより失敗の少なそうなチョコチップクッキーを選んだ。
 近年のバレンタインは気になる異性にあげるというより、すでに恋人関係の相手にあげるか、同性の友人同士で交換することが主だってる傾向にある。
それでも、バレンタインにそわそわするのが男子だし。それは女子も同じだ。
下駄箱やロッカーや机の中をさりげなくうかがっては落胆する。せっかくのバレンタイン。それではつまらないだろうと、マネージャーであるは人肌脱ぐ思いで毎年部員全員に行き渡るような数をこしらえていた。
 料理は得意じゃない。慎重にやっているつもりなのに材料をこぼしたり、入れ忘れたりしてしまう。手先も器用じゃないからデコレーションも誤魔化すこともできない。
でも、作って渡すことに意味がある。そう思って今年も頑張って用意したというのに。

「じゃあもう向日にはあーげないっ! 今年一つも貰えなくて後悔しても知ーらないんだからねっ!」
「残念でしたー。もう貰ってんだよ、バーカッ!」

 ドヤ顔の向日は持っていた小袋をの前に出して見せた。どこかで見覚えが……。さっきが忍足に渡していたものと同じではないか。

「ふーん、だ! 袋は一緒でも中身は忍足と違うだからね、バーカッ! バーカッ!」
「知ってる、っつーの! バーカッ! バーカッ!」
「二人ともうるさいC。ね、、俺にはちょーだい!」

 ジローがにこにこと両手を差し出したので、の機嫌は簡単に直る。
貰ってくれてありがとう! と思ってしまってる時点で最早最初の頃の趣旨とはズレてる気がしてならないが、楽しいからまぁいいか。楽天的なところがの一番の長所だ。
 そのままの流れで近くにいた日吉にも手渡せば、一応は貰ってくれた。

「毎年毎年、飽きないし懲りないですね」
「だってせっかくだし! 楽しいし!」
「そんな軽い気持ちで死人を出すのやめてもらえませんか」
「死人なんか出ない! もう、日吉も嫌なら無理して食べなくていいよ!」

 日吉の手からクッキーを奪い返そうとしたが、ヒラリとかわされた。

「いらないんじゃないの!」
「いらないとは言ってません。今朝朝食を抜いてしまったので、しかたなくいただきます」

 それにまたキーキーと小猿ように言い返す
 そんな相変わらずの二人の光景を見ながらジローは眠気覚ましに裏が焦げたチョコチップクッキーを早速頬張った。

▼ はじまりは

「ねぇねぇ、宍戸って今付き合ってる子いる?」と訊かれた宍戸は飲んでいたプロテインを吹き出した。

「んだよ! 急に!」

 狼狽えている宍戸なんて気にもせずは「よいしょ」と言いながら宍戸のとなりに腰を下ろす。
は長い髪の毛を上で束ねていて、それがまさに馬の尻尾のごとく揺れていた。
「で? いるの? いないの?」と、に急かされ、宍戸は意識を本人に戻した。
なんて答えようか迷うも束の間。そもそもそんな相手がいないことは宍戸本人が一番よく知っている。
わざと煙に巻いて格好つけるのはキャラじゃない。
宍戸はぶっきらぼうに「いねぇよ!」と返した。
は満足そうに「ふーん」と笑う。

「ところでさ、さっきの練習のときなんだけど、——」

 と、話題が変わった。
 の指摘はマネージャーながらなかなかいい視点で、宍戸はさすがだと感心する。
 よく気がつくし、気がついた部分を適切な言葉で相手に伝えることができる。
テキパキと要領が良く、面倒見もいい。部員たちからも慕われているし、跡部からも一目置かれている。
そんなはまさにマネージャーの鑑だ。
 男を萎縮させる面も持ち合わせているが、話してみればサバサバとしているから男友達と話すのと大差ない。
 宍戸は今までに対して特別な感情を抱いたことはなかった。

「それでね、って聞いてる?」
「聞いてる」
「じゃあとりあえず今日から“亮ちゃん”って呼んでいい?」
「ハ?」
「今付き合ってる子いないなら私と付きあお、亮ちゃん」
「ア? な、なんなんだよ突然!? アレか? 罰ゲームか? ドッキリか?」

 宍戸が慌てて辺りの茂みや校舎裏に探るが、特にこちらを気にしてる人影はない。
 だけがきょとんとした表情で宍戸を見つめていた。

「ね、付き合おう?」

 ダメ? と小首を傾げたに見て、宍戸は大いに戸惑った。
 自分たちの代は跡部が目立ちすぎているが、ある意味は女版跡部だ。
整った容姿に、生まれ持った品性、勝気なところはあるが、でしゃばりすぎず気立てがいい。
一時期は跡部と噂になったことすらあったが、実際のところは今まで部員と付き合ったという話は聞いたことがない。
それが彼女なりのけじめでもあるように。
いつだって、は宍戸たちがよく知らない年上の男と付き合っていた。
なのに、今更なぜ矛先が自分に向いたのか、宍戸はまったく理解できなかった。
恋愛に関しては何枚も上手であるに揶揄われてるようにしか思えない。
 それに——

「……本気で言ってんのか?」
「イエス」
「なら、悪ィけど今はそんな余裕正直ねぇから他当たれ」

 関東大会が目前に迫っていた。
血の滲むような努力で這い上がって手に入れた正レギュラーの座。
協力してもらった長太郎に報いるためにもテニス意外に気を取られている暇はない。
のことが嫌いというわけではないが、特別そういう意味で好きか、と問われれば答えはノーだ。
それなのに付き合うっていうのはそもそも違う気もする。
 バツが悪くなった宍戸はその場から立ち上がった。休憩時間もそろそろ終了の頃だ。
 今はテニスがしたい。そして、もっと強くなりたい。それだけだ。それだけで充分だ。
宍戸はを残してコートへ戻る。
なのに、「亮ちゃーん!」と大きな声で呼ばれ、振り返ってしまった。
周りもやっとそこで何事かと二人に注目する。

「余裕できたら私と付き合ってねー! それまでずっと待ってるからー!」

 は無邪気に大きく手を振っていた。
宍戸は羞恥心で一気に顔が赤くなる。

「亮ちゃーん! 大スキー!!」

 両手のひらをメガホンみたいに口に当ててそう叫んだを一瞬でも可愛いと思ってしまった自分自身に喝を入れるように、宍戸は周りで囃し立てる野次馬を「うるせぇー!」と一喝した。
それでもはにこにこと宍戸にまだ手を振っていた。

▼ 旅立ち

 登校時間でも下校時間でもない昇降口は寒々しい。
履き替えるために出した上履きがコンクリートの上に落ちた鞭を打ち付けるような音がやけに耳に付く。

「あ」

 下に落としていた視線が反射的にそちらへ向いた。
自分以外に「あ」と発した人物が「あ」の口のままこちらを見ていた。

「おはよう」

 バーバリーのチェックのマフラーをしたがにこやかにこちらへ向かって発した。
忍足は一瞬気後れしながらも、お得意のポーカーフェイスで「おはよう」ととは違うイントネーションで返した。

「職員室?」
「そっちもか?」
「うん、今帰り。あ、林田先生ならさっき他の先生に呼ばれて職員室出ていっちゃったよ」

 それなら少しの間図書館かサロンへでも寄って時間を潰してから行こうか。そんな思案している忍足には「おめでとう」と言った。

「ん?」
「だって合格の報告に来たんでしょ」
「まぁな。でも、ようわかったな、合格って」
「顔見ればわかるよ」

 と言ったすぐあとで「なーんて、ウソ。から聞いたんだよ」とは笑った。
 は「じゃあね」と手を振って去っていく。
 呼び止めたい気持ちはあるのに、今更なんと言えばよいのかわからない忍足は未練がましくの背中を視線で追うに留めた。
けれど、その視線に気づいたのかはたまた偶然かがこちらを振り返った。

「ねぇ、最後に『がんばれ』って言ってくれる?」

 忍足は無言のまま何度か頷いてから、「がんばりや」とに向かって言った。思いかげず大きな声になる。
 忍足はが第一志望の大学に落ち、浪人を決めていることをから聞いて知っていた。
 片手を上に大きく上げて「ありがとう」と笑ったは昇降口から入る日差しを受けてキラキラと輝いて見えた。