「しばらくは基礎練に重点をおこう思います。外周十本、筋トレメニュー五十セット−…」
俺は結局部長になった。もちろん嫌なことにかわりないが、部活をもっと充実したものにできるかもしれいという期待はある。
去年は府大会で負けてしまったけど、今年こそはもっと上を目指したい。
だからオサムちゃんと考えた練習メニューは去年のものと比べるとだいぶ厳しめだ。
「マネージャーもこのメニューこなしてもらうで」
「え」
声を出したのはさんではなくて他の部員だった。さんは無言で練習メニューが書かれてるホワイトボードをメモっていた。



「意外やな。すぐ根をあげるかと思ったけど。すごいなさん」
部長になって早一週間。
最後尾で一年生たちとまだ走っているを見ながら、先に外周を終えた謙也が俺に話しかける。
は今のところ全てのメニューについてきている。大体が一番最後まで残っているが、途中で投げ出すことはなかった。そして文句を言うことも一切なかった。
そんな根性見せずに早く辞めて欲しいと思う。今のところ辞めさせる口実が見つからない。 自分でも性格悪いなとは思うけれど、どうしても俺は彼女をここから追い出したかった。 ここは俺がやっと気づいた小さな憩いの場所だ。もう誰にも邪魔されたくない。
だからこれは彼女がどうとかではなく、完全に俺個人の問題だ。

「せやけど、あー…先輩方はまたサボっとるな…」
そのとはうって変わって、三年生の一部の先輩は露骨に練習をサボタージュするようになってきた。
謙也の声が聞こえたのであろうその先輩たちが俺らの方を見る。
「俺ら二年に負けるほど弱い先輩やねん、こないキツイ練習は無理やわ」
「部長になったからって、ちょっと力みすぎやないん?関西大会でも行く気かぁ、あいつ?」
そうやって適当にサボるくらいなら来なければいいのに。他の奴らに聞こえないように小さくため息をもらす。



さらに少し時間が経つと違う方向にも悪意が向いた。中学生にもなって随分古典的なことをするもんだなっと呆れる。
「おはようー白石!って うっわ!どないしてん!それ!」
謙也は朝から声がでかい。 泥だらけの上履きを見て立ち尽くしている俺を謙也が目ざとく見つける。
「職員室にいってスリッパ持ってきたるから、ちょお待っとき!ってさん!!」
謙也の大声で上履きを見ていた顔を上げれば、そこには泥だらけの上履きを履いて普通に教室に向かおうとしているがいた。
「ちょ!自分、何やってん!廊下にめっちゃ足跡ついとるやん!ちょ、さんもスリッパ持ってきたるからここで待っとき!」
そう言って謙也が、職員室の方へ走りだす。一度振り向き、俺たちにケンカしたあかんでーっと叫けび、また走っていった。 残された俺たちは、 その場で無言で立ち尽くす。
俺のは三年の先輩たちだろう。そしてのはおそらく同じ学年の女子の仕業であろう。
は、転校生というだけでも目立つのに、テニス部のマネージャーになったことでさらに悪い方向に目立ってしまっている。そしてこの彼女の愛想の欠片もない性格だ。こうなることは想像に容易い。
「自分、本気でそのまま教室行くつもりやったんか?」
「歩いてるうちに泥なんて落ちるからええかと思ってん」
彼女にまったく堪えてる様子はない。神経が図太いのだろうか。それともこういう事に慣れているのだろうか。
ほどなくてしスリッパを二つ抱えた謙也が帰ってきた。
はそれを受け取り、上履きと汚れてしまった靴下を脱ぎ、そのままポイっと近くのゴミ箱に捨てて先に行ってしまった。
制服に素足の彼女はやっぱり目立っていた。

「鉄の女」
「何やそれ」
さんのあだ名」
それは言い得て妙だなっと思った。