「なぁ、オサムちゃん。部活めっちゃ雰囲気悪いで。やっぱり俺が部長ちゅうんは…」
「お前は仲良しごっこがしたくて部活入ったんか?ちゃうやろ?」
部活終わりに職員室に行き、一応オサムちゃんに相談するがやっぱり自分でどうにかする他なさそうだ。
確かに仲良しごっこがしたい訳ではない。しかし、自分の所為で部活が荒れているのは明らかで、不安になる。
「…もなんやされとるで、それもええの?」
「あいつ、なんか言っとるか?」
「…はなんも言わへんよ」
「せやったら、ええ。自分でどうにかできる範囲のことなんやろ」
「なんや、意外に冷たいねんな」
もっと溺愛してるのかと思っていた。どうやら彼らは親戚関係にあたり、現在一緒に暮らしているようだ。朝は一緒に登校しているし、帰りはがオサムちゃんを部室で待っている。 どういう家庭の事情なのかわからないが、その手の噂も尾ひれをつけて回ってくる。
「俺は放任主義やねん」
俺は、もう新学期になってから何度目かわからないため息をついた。
嫌がらせは日々続いた。泥だらけの上履きに続き、机に花瓶、教科書はズタボロ…。
その度謙也や他の友達が片付けたり、直してくれる。そしてあんま気にすんなやっと励ましてくれる。本当にありがたい。
こんな事されている原因も犯人もはっきりしているので、もやもやは多少少ないが、やはりいい気はしない。
小学生の頃にも一度こういうことがった。学校ではなく、通っていたテニススクールでのことだ。
急に友達に話しかけても無視されるようになり、ロッカーに置いておいた物がなくなるようになった。初めは訳が分からず、ただただ驚くばかりだった。
身に覚えが全くない。昨日まで仲良くテニスをしていたはずなのに。いつの間にか俺と話してくれるのは女子だけだった。
しばらくするとリーダー格の男子に呼び出された。女顔、女タラシ、オカマ、お前チ○コ付いてんのか。笑いながらそう言われ、突き飛ばされて、殴られた。
確かに思い返せば、そのくらいの頃から俺は試合にもよく勝てるようになり、それなりに女子にもてはやされていた。
要は嫉妬だ。馬鹿馬鹿しい。俺はただ普通にみんなとテニスがしたいだけなのに。
それから俺にとって「女子」は鬼門になった。関わるとろくな目に合わない。別に彼女らが直接悪いわけではないのはわかっているが、引き金になっていることは事実だった。
わざと変な面白キャラになれば女子は呆れて離れていき、男子には概ね好評された。そんな程度の話だ。別に女子からの評価はいらない、欲しいのは一緒にテニスをしてくれる友達だ。
中学に入って、スクールを辞め、テニス部に入部した。
もちろん男子テニス部だから女子はいない。今度こそテニスを思いっきりやりたい。そう思っていたのに。
◇◆◇
放課後、部室へ向かう。気が重い。
ふらふらと歩いていくと、何か様子がおかしいことに気づく。ザワザワとテニス部の部室前に人だかりが出来ていた。
「ちょ、どないしてん?」
人を避け、部室に近ずくと開け放たれた扉から部屋の内部が見えた。足の踏み場がないほど荒らされている。タオルやユニフォーム、ボールがそこらじゅうに転がっている。そしてそこには折られたラケットまで転がっていた。
ぶわっと血が上った。今までは俺個人に向けての嫌がらせだった。しかし今回は違う。これはテニス部全体への嫌がらせだ。
「やっぱ、二年生が部長とかあかんかったんちゃうん?」
「ちょっと自分が強いからって他の部員にも厳しい練習強制させるから反感かったんちゃう?」
人だかりの後ろの方で三年生が笑ってる。小学生の頃殴られたことを思い出した。俺はそのとき殴り返さなかった。そしてそれは今回も同じだ。一度握った拳を開いて汗をズボンで拭う。やっぱり俺は部長なんてやるべきではなかった。俺には無理だ。適当に笑いながら謝って、もう部活なんて辞めてしまおう。テニスはまたどこか別のところですればいい。
そんな風に考えていると、ふと後ろに気配を感じ、振り向くとすぐ近くにが来ていた。は俺をさらりと避け、黙って部室に入っていく。ゆっくり部屋を見渡して、何するかと思えばいくつかのロッカーを開け何か取り出し、それをポイポイっと三年生の方へ放った。どうやらその人たちの私物のようだ。
三年生は怪訝な顔をして、地面に転がるそれを見る。
「テニスせんでこんなことばっかりする人は部活、辞めたらいいんとちゃいますか!」
よく通る大きい声では三年生に向かっていく。
「正々堂々の勝負で負けたのに、影でこそこそやって、先輩方恥ずかしないんですか!」
「はぁ?なんやねん、こいつ!」
三年生のリーダー格の奴がに手を振り上げる。マズイ。そう思った瞬間ガタンと大きな音を立ててその三年生が倒れた。
何が起こったのかわからず、俺を含めたその場の全員が固まっている。
「なんや文句あるんやったら、相手になりますよ。でもうち、柔道黒帯なんで、覚悟してくださいね」
女子にやられた手前恥ずかしいやら、情けないやらで、三年生は適当にそこにあった私物を拾い、走ってその場を去っていった。
そしてはさもなんでもないようにまた部室へ戻る。
「み、みんな、終わりや終わりや!解散!部室は今日は使えへんから各自教室で着替えてきてな!」
そう言って集まっていたギャラリーを片付け、俺も部室に入った。
「いらん仕事増やしやがって…なんやねんあいつら」
は、はぁっと大きなため息をついた。
「別に自分の為ちゃうからな。でもほんまにあの人ら来たらどないしよ」
「え?」
「黒帯って嘘やねん」
「え?じゃあさっきのは…」
「あれはオサムちゃんから教わったただの簡単な護身術や。チカン撃退の。」
「チカンって…」
そう言っては、ふんっと鼻をならした。その姿は勇ましかった。