「来週、隣校と練習試合が決まりました!」
「あっちは去年府大会ベスト2、過去に関西ベスト4にもなったことある実績や。格上やからってビビんなよ!蹴散らしてきい!」


あのあと何人かの三年生が部活を辞めたが、俺への嫌がらせはすっかりなくなった。そしてこの間の騒ぎが噂になり、すっかり怖い人になってしまったへの嫌がらせも同時に減ったらしい。良かったのやら悪かったのやら。
そうこうあって部活は落ち着きを取り戻しつつある。
今日は土曜日なので朝からずっと部活だ。今は午前の練習メニューを終え、各自昼食をとっている。俺は謙也たちとそのまま外の木陰で食べることにした。風が汗をかいた身体を心地よく冷やす。
しばらくすると目の前をが大きなお弁当を抱え、通りかかる。キョロキョロと何かを探しているようだ。どこか食べる場所でも探しているのだろうか。

、どうしたん?」
謙也が何の躊躇もなく声をかける。いつの間にか謙也もを呼び捨てにしている。別に仲が良くなったというわけではないが、は着実にテニス部に馴染みつつある。宣言通り、テニス部の男子に色目を使うことないし、仕事は丁寧かつ迅速だ。
「オサムちゃん、見いひんかった?」
どうやらはオサムちゃんを探しているようだ。するとその声が聞こえたのか、たまたまか、校舎の窓が開き、そこからひょいっとオサムちゃんが顔を出した。
「お、なんや?
「あ!オサムちゃん!また今日もお弁当忘れたやろ!せっかく作ったのに!」
「おぉ、すまん、すまん」
「もう、そんなんばっかするんやったら、今日の夕飯はオサムちゃんの嫌いなもん作るで」
「堪忍堪忍!ほら、コケシあげるから機嫌直し」
「いらんわ、そんなん!」

「なんや、オサムちゃんとって新婚さんみたいやな」
そんな二人のやりとりを見て謙也がボヤく。
オサムちゃんとの関係は未だ謎である。というかが謎である。
何故テニスになんの興味もない彼女がここまで頑張れるのか。オサムちゃんの頼みだから?そんな誰か一人のために自分の時間や労力をこんなにも惜しげもなく提供できるものだろうか。まぁさりとて、俺にはあまり関係ないことだ。
俺たちはテニスをすればいい。
練習試合に向けてまた一段と練習に身を入れる。練習試合といえど、自分が部長になっての初めての試合だ。勝ちたい。
ここ最近は基礎練の成果か、みんな結構調子がいい。これならいい試合ができそうだ。


◇◆◇


しかし蓋を開けてみれば、厳しい現実が待っていた。
初戦のD2で一勝はしたものの、続くD1、S3、そして先ほどのS2でこちらが立て続けに負け、チームとしての勝敗は決定してしまった。一応練習試合が目的なので、残りのS1の俺の試合も続行するようだ。
こちら側のスタンドはすっかり疲労感と敗北感で静まりかえっている。
ここで俺が勝ったところで何の意味があるのだろう。みんなに無理をさせて厳しい練習をかせたのにこの結果だ。また反感を買うだろう。 俺はやっぱり部長としての資質はないのではないだろうか。
そんな思いがプレーにも確実に影を落とす。普段ではありえないミスが続き、もうマッチポイントまできてしまった。
もういい。こんな無駄な試合、早く終わってしまえ。誰も俺の勝利なんて欲しがっていないじゃないか。

「ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
もう諦めかけていると、ざわざわとした中で一つの声が響き渡る。驚いてスタンドを見るとだ。が一人で叫んでいる。
驚いてる俺に向かってが怖い顔で叫び続ける。
「負けて悔しくないん!最後ぐらい勝ちい!根性見せえ!」
「ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
そんな様子にチームメイトもみんな驚いてただを見つめている。しかし今度は謙也がに負けないくらい大声を出した。
「そ、そうや!白石なら勝てるで!ほら、応援や!ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
「ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
それを合図にしてスタンドから俺を応援する声が徐々に大きくなる。
「ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
「ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
「ドンドンドドドン四天宝寺!ドンドンドドドン四天宝寺!」
こんなにみんなに応援された試合は初めてだ。そのかけ声が確実に俺の背中を押す。
コールは俺が試合が終わるまで続いた。
試合結果は6−4。四天宝寺は負けたが、最後のS1は勝利を収めた。


◇◆◇


「お、、おはようさん!」
月曜日の朝。またいつもの学校がはじまる。下駄箱で謙也と話しているとが通り、謙也が挨拶する。
「お゛は゛よ゛う゛」
「なんやその声!」
俺は無言で睨まれて、たじろぐ。ちょうどそのとき、今度はオサムちゃんが通りかかった。
「おう、お前ら昨日は試合ご苦労さん!ほら、コケシや」
「い゛ら゛ん゛わ゛」
「そんなこと言うなや、コケシはコケシでもコケシ型の飴ちゃんや!」
オサムちゃんのポケットから色とりどりの小さなコケシ型の飴を出した。
「何やコレ!オサムちゃん、こんなんどこで見つけてくるん」
「ええから、授業はじまる前に食っちゃい」
「あ゛り゛か゛と゛う゛」
がオサムちゃんに嬉しそうに微笑む。
「なんやあの二人、夫婦やなくて親子みたいにも見えるな」
そのまま歩いていく二人の背中を見ながら、謙也がつぶやく。
確かにどちらかと言えばそっちの方がしっくりくる。そしてどっちにしてもがあんな表情をするのはオサムちゃんの前だけである。