お盆休みが明け、すぐに全国大会が始まる。
みんなで新幹線に乗り、東京の会場を目指す。興奮して眠れなかったなんて、小学生のとき初めてジュニアの大会に出たとき以来かもしれない。
他のみんなも興奮しているようで、新幹線の中なのにうるさくて仕方がなかった。
お前らええ加減にしい、と注意しつつも俺もハイになっているのが自分でわかる。それくらい楽しみだ。そしてそれくらいみんなも楽しみなことが嬉しい。
そんな俺らとは対照的にはオサムちゃんの隣で静かに本を読んでいた。
第一試合。
初戦から崖っぷちだった。D1、D2と勝ったものの、次のS3、S2を続けて落としてしまった。
そしてS1の俺に回ってくる。負けられない。手の汗を拭い、ラケットを握り、コートへ向かう。
ゲームカウント40−0!マッチポイント!
相手は一枚も二枚も上手の三年生だ。あっという間にマッチポイントまで来てしまった。
勝ちたい。勝ちたい。俺が負けたら終わってしまう。
スタンドを見るとあのいつかの練習試合のときのように、みんなが俺を応援しているのがわかる。
目を閉じ、深く呼吸をする。
「負けて悔しくないん!最後ぐらい勝ちい!根性見せえ!」
のドスの効いた叱咤を思い出し、少し苦笑する。
大丈夫。俺はまだやれる。ラケットを握りなおし、相手選手に向き直る。
「ゲームセット!ウォンバイ白石7-6!!」
審判のコールが鳴り響いた。
チームメイトがこちらに駆けてくる。謙也たちに抱きつかれ、叩かれ、ようやったと褒められる。
みんなの隙間から見たは何故か驚いているような表情に見えた。
しかし続く第二試合。
俺たちは王者立海大付属にストレートで負けた。
S1で控えてた俺には回ってこなかった。悔しい。けれどこれがチーム戦だ。
こうして俺らの短い夏が終わった。
◇◆◇
全国大会が終わり、気づけば夏休みも残す所あと十日前後だった。部活はもう新学期まで休みだ。
しかし部活が休みだからといって特にすることがなく、結局あと少しだけ残っていた宿題に手をつける。
そんなときに謙也からショッピングモールに行こうと携帯に電話がかかってきた。買い物に付き合って欲しいらしい。
断る理由もないので、すぐに了承して駅で待ち合わせる。
夏休みのショッピングモールはそれなりに混雑していた。
とりあえず謙也がお目当のスポーツショップに向かうと、よく知った制服の女子が見えた。
「あれ、ちゃうか?」
あちらもこっちに気づいたようだ。
「なんや、あんたらか」
「なんや、その大荷物は」
は両手に大きな袋を二つずつ抱えていた。それは細い腕に食い込んでいて、明らかに重そうだ。
「もしかして、部活の備品か?」
袋にはスポーツショップのロゴが印刷されていた。
「そうや。備品の買い出しや」
「そんなん部活がある日に行ったらええやん!休みにわざわざ来なくてもええやろ」
「せやかて、普段の部活の日は他の仕事がぎょうさんあって来られへんわ」
そういえばはあいからず部員と一緒に基礎トレーニングをしている。なおかつマネージャーは一人なので、仕事が毎日山積みだ。
それを俺がやらせていることを思い出していたたまれなくなる。
「荷物持つわ。貸しい」
「大きなお世話や!自分で持てる!」
そんな風に言い争ってると、小さな子供の泣き声が聞こえた。俺たちから少し離れた所でまだ三、四歳くらいの女の子が泣いてるのが見えた。たぶん迷子だろう。
誰か大人に言わなければっと思った瞬間、が俺に荷物を押し付け、走ってその子供の元へ向かった。
あまりにその動きが俊敏だったので、呆気にとられたものの慌てて自分も謙也とを追う。
「どないしたん?大丈夫やで、大丈夫やから、泣かんとき」
そう言ってなんの躊躇もなくはその女の子を抱き上げた。
その姿は手馴れたものだった。俺だったらそんな風にはいかない。
「大丈夫やからな。すぐお父さんとお母さん見つかるからな」
は泣きじゃくる女の子の小さな背中をさすりながら優しくあやす。
しばらくすると落ち着いたのか、泣き声が少しずつ治った。
「自分のお名前言えるか?」
「…う、うん。あみたん…」
「お、偉いな。あみちゃん言うんか。可愛らし名前やね」
は一度その子を下ろし、頭を撫で、手を繋ぐ。
「私、この子迷子センターまで連れてくから、その間だけ荷物お願いできる?」
「おう!任せとき!」
謙也が張り切って引き受ける。
「それから、もしこの辺でおろおろしてる大人見かけたら、この子の家族かもしれへんから声かけてな」
「わかった!」
謙也の返事を聞くと、はその子の手をひき歩き出す。
「俺も行くわ。荷物は謙也だけでええやろ!」
ええ!と慌てる謙也に荷物を任せ、俺はたちの後を追った。
「忍足と一緒におってよかったのに」
が俺を軽く睨む。
「俺かてその子が心配やねん」
二人で迷子センターまでその子を無事に送り届け、謙也のところへ帰ろうとしたら、その子がの手をつかんだ。
たぶんまだ心細いのであろう。
はその子に笑いかけ、また抱き上げた。
「すいません。この子の家族が来るまで一緒に待ってもええですか?」
係りの大人に了承をもらい、結局一緒に待つことにした。
「あんたは忍足のとこ帰ってええで」
「…俺も待つ」
「勝手にしい」
程なくして、謙也が大変慌てているその子の両親を連れて現れた。
その子はから離れ、両親の元へ駆け寄る。
俺は、よかったよかったと安堵してその光景を見つめる。ふと、隣を見るとが何故か少し泣きそうな顔をしていて驚いた。
「どないしたん?」
「なんでもあらへんわ」
しかしすぐにまたいつものに戻った。
その子の両親に何度もお礼を言われ、俺たちはその家族と別れた。
何度も、何度も、振り返り手を振るその小さい姿にもまた手を振り返していた。
「時間結構経ってしまっとるけど…付き合わせて悪かったな」
がぽつりと俺たちに謝った。
「なんでが謝んねん。ほな、コレ部室に運ぼうか」
そう言って大量の備品を謙也と持つ。
はもう何も言わず、俺たちの後ろを歩き一緒に学校へ向かった。
部室に備品を置いて片付けが終わると、ちょうどそこにオサムちゃんが入ってきた。
「おう、なんや白石と忍足もおったんか。買い出しご苦労さん」
「オサムちゃん、仕事終わったん?」
「おう!もう帰れるで。おお!そうや、お前ら今日、このままうちで飯食っていき!」
オサムちゃんの急な提案にがはぁ?と抗議の声を出すが、おお!ええな!やったー!と謙也がそんなを無視したように浮かれた返事をする。
結局そのままオサムちゃんと謙也に引っ張られ、オサムちゃん家にお邪魔することになった。
◇◆◇
しばらく四人で歩くと、ザ・アパートといった感じの二階建てのアパートに着いた。外の階段を登り、二階のオサムちゃんの部屋に着くと、畳の居間に通される。
しばらく謙也とそわそわしていると、エプロン姿のが顔を出した。
「あり合わせのもんやから、文句言わんでよ」
そう言って出てきたのは、豚の生姜焼きと唐揚げとポテトサラダとお味噌汁と漬物だった。これのどこがあり合わせなのだ。十分だ。
味も全て美味しかった。
「美味しい」
素直ににそう言うと、やっぱり無表情でふーんっと返ってきた。
「ほんまやな!ごっつうまいわ!」
「せやろー俺の自慢の姪っ子やねん」
「そんなんええから、早よ食べや」
四人で囲う食卓は少し狭かったが、楽しいひと時だった。
「てか、なんでお前らと一緒やったん?」
今頃それを聞くか?そう思うも、まぁその間がずれているところがオサムちゃんだ。
「あぁ今日、それがショッピングモールで迷−」
「オサムちゃん、そういえば明日までやらなあかん書類あるって言ってへんかった?もうやったん?」
が謙也の言葉を遮り、オサムちゃんに問う。
「…あとでやろう思ってん」
「どっちが子供だかわからんな」
ふてくされ返事をするオサムちゃんの姿は、完全に宿題をしたのかと母親に問われる息子の姿だった。
オサムちゃんとの力関係が見えたようでなんだか面白かった。
夕ご飯を食べ終わり、謙也とアパートをあとにする。
玄関から出て、階段を降りる。
オサムちゃんもも玄関から出てきて、二階の手すりから見送ってくれている。
「ほな、また新学期!」
手を振り、大きな声で別れの挨拶をした。
予想通りオサムちゃんは手を振り返して応えてくれたが、はそのままだった。
もう一度振り返り、二人が部屋に入り扉が静かに閉まったのを見つめた。
一瞬、と目が合ったような気がしたが、気のせいだろうか。