あのあとが落ち着くのを待って、一緒に帰った。
帰り道は何も話さなかった。俺の後ろを黙って歩くはずっと俯いていた。
いつか泣いていた理由を話してくれて、何か力になれたらなと思った。


次の日から部活は俺が言う通り、マネージャー業は手分けすることになった。
あの日以来、の俺に対する態度も幾分かは刺々しくなくなった。
挨拶も今までは百パーセントこちらからだったのが、三十パーセント位はからもしてくれるようになったし、何より今まで俺を「あんた」だとか「こいつ」と呼んでいたのが、「白石」と名前で呼んでくれるようになった。
俺はそんな些細なことがものすごく嬉しかった。

一難去ってまた一難。そんな言葉が頭をよぎったのはこのあとしばらくしてからだった。


◇◆◇


「こちら、九州の強豪校獅子楽から来た千歳千里くんや!今日から新しいテニス部の仲間やで!」
「よろしくお願いします」
そう言って百九十センチを越すであろう大男が、オサムちゃんに連れられ突然テニス部に入部してきた。
時期は秋。なんて季節外れの転校生だ。
部活の初めに集まったみんなにそんな簡単すぎる挨拶をしてから、いつも通り練習を始める。
「俺は部長の白石や。とりあえず、部のことは俺がいろいろ説明するから、まずはこっちに−」
「白石、説明なら私がするわ。あんたは練習行き」
が俺と転校生に話しかける。
「千歳クン、いろいろ説明するから一回部室戻るで」
千歳は動かずをじっと、それは穴が開くんではないかってほど見つめている。
「…何?」
堪らずが不審そうに目を細めて千歳に問う。
「むぞらしかぁっち思うて」
「はい?」
千歳はそんなの態度をまったく気にしていないように、とびきりの笑顔で謎の呪文を唱えた。俺とは意味がわからず聞き返す。
「熊本弁で、可愛いって意味たい」
俺は、ぎょっと驚いた顔で千歳を見返すが、相変わらず千歳はにこにことしている。
はあ、そうと気のない返事をして千歳を部室に促した。
部室へ向かう二人の背中をなんとも言えない気持ちで俺は見送った。


◇◆◇


千歳が転校してきて、いく日か経った。
千歳は評判通りのテニスの腕前だった。悔しいが、多分今現在うちの部で一番だろう。
しかし、無断で部活は休むし、勝手な練習ばかりするし問題行動が多すぎる。何度注意しても、今度から気をつけるといつものだらしない笑顔で受け流されるだけだった。
それから一番俺が気に食わないのは…
「あ、白石、千歳クン見いひんかった?」
「…見てへんよ」
「アタシ、さっき裏庭の方に歩いてくとこ見たわよ」
「またあそこか。しゃあないな…。金色、ありがとう」
が去って行く後ろ姿を眺める俺の隣で謙也とユウジが話しはじめる。
「なんや、、よう千歳の世話やいとるなぁ」
「クラスでもあいつ、千歳係になっとるで」
「こないだなんてに弁当作ってもらってるの見たで」
「あぁ、あのどデカイ弁当な」
千歳はとユウジと同じクラスだ。
「千歳クン格好いいもんねぇ!んんっ!」
「小春、浮気か!死なすど!」
ユウジと小春がいつもの漫才を始める。
「小春!俺以外に話しかけんでくれ!俺以外の名前を呼ばんでくれ!俺以外に笑いかけんでくれ!」
「もう、ユウくんったら嫉妬は醜いでぇ」
「それくらい、お前のことが好きなんや!」
ユウジが小春に泣きマネしながら抱きついている。
が千歳を好きなんてそんな馬鹿なことあるわけがない。だって、相変わらずはオサムちゃん以外には笑った顔を見せてくれない。


また練習中に千歳がいない。もおらず、仕方なく俺が探しにいく。
ややあって学校の裏門を超えたところで千歳を見つけた。も一緒だ。
声をかけようと近ずくとの表情を見て俺はその場に固まった。
笑ってる。が笑ってる。
「お、部長さんったい」
「あ、ねぇ白石−」
俺に気づいた二人がこちらに来る。俺は思わずの腕をとり、千歳をその場に残したまま部室まで強引に引っ張っていった。

「ねぇ!何?なんやの急に!」
部室に着くなりが怒り出した。
部員はまだ練習中なのでここには俺としかいない。
「…千歳のこと好きなん?」
何を言ってるんだ、俺は。自分でも自分の発言に驚いた。を見ると呆れた顔で俺を見ていた。
「なんでそないな話になるん?」
「千歳の面倒よお見てるやん!」
「それはマネージャーやし、同じクラスやからや」
「せやかて、弁当とか…そないなことまでしなくてもええんとちゃう?」
「…オサムちゃんから聞いとるやろ?千歳クン、独りで寮に住んでるんよ。インスタントばっかって言うからオサムちゃんのついでや」
それでも納得いかない。そんな様子の俺を見て、がため息をつく。
「何が気に食わんのか知らへんけどな、私が世話しいひんかったら、どっかのお人好しな部長さんがまた全部自分で背負い込むんじゃないかと思ってんやけど、違う?」
が俺を覗き込む。その表情はさっきまでの怒ってる様子はなく優しい顔だった。
 「小春!俺以外に話しかけんでくれ!俺以外の名前を呼ばんでくれ!俺以外に笑いかけんでくれ!」
 「もう、ユウくんったら嫉妬は醜いでぇ」
 「それくらい、お前のことが好きなんや!」

この間のユウジと小春の会話が頭の中で再生された。
「もうええやろ?仕事残ってるから、私行くで」
固まっている俺を一人残し、は、さっさと部室から出ていく。


そのあとしばらくして謙也が部室に入ってきて、固まっている俺を発見する。
「白石!どないしたん?顔、真っ赤やで?具合悪いんか?風邪か?大丈夫か?」
謙也の大声で我に帰り、思わずその場に体育座りをして顔を膝に埋めた。
「なんでもない。なんでもないから」
だからとりあえず黙ってくれ。

俺は今、人生で初めての恋を自覚したところなのだから。