俺は人生で初めて他の奴らと同じようにそわそわして、今日この日を迎えた。
今日は朝練がないので、そのまま下駄箱に向かう。
下駄箱を開ける。
うん、入っていない。
教室に向かう途中、他のクラスの女子から声をかけられた。
全く嬉しくないわけではないが、気持ちに応えられないので申し訳なくなる。
教室に着いて、机を覗く。一応、昨日机の中は綺麗に掃除済みだ。
うん、入ってない。
今度はクラスの女子数人から声をかけられた。
他の奴らの視線が痛い。
やっと放課後になる頃には、デパートの紙袋一袋がいっぱいになるくらいのチョコレートが俺の手元にあった。
しかし、一番欲しいチョコレートはそこにはなかった。
部活はいつも通り滞りなく終わった。
「なぁ、。俺らになんかよこすもんはないか?」
練習が終わり、いよいよみんなが帰るといときに、しびれをきらした謙也が部の代表としてに話しかけた。
「ハイ?」
は心底不思議そうに謙也を見る。
「今日は何の日や?」
「…?何?なぞなぞ??」
「なぞなぞちゃうわ!2月14日!バレンタインやろ!」
「あぁ」
「んで、俺らにチョコは?」
「え、ないよ」
その言葉を聞いて、謙也とその他の部員が膝から崩れ落ちた。
俺はすんでのところで持ちこたえた。
「なんでやー!今年は最悪一個は確保できた思ってたのにー!」
「また、今年も一個ももらえなかったって家族にバカにされるー!」
「おのれーバレンタインなんかなんでこの世に存在するんやー!」
その様子にはドン引きしているようだった。
「みんなそんないチョコ食べたいんやったら、自分でコンビニにでも行ったらええやろ」
「いてこますぞ、ワレ!こんな日に男が自分でチョコレートなんざ買えるわけあらへんやろ!阿保ー!それにチョコレートが食べたいわけちゃうわ!」
「意味わからん」
がため息を一つこぼす。
「なんや、ようわからへんけど、みんな、そんなにチョコレート好きやなんて知らへんかったわ。忘れへんかったら、来年は持ってくるから」
「絶対や!絶対やで!絶対忘れへんように一週間前からカウントダウンメール送ったるからな」
「それなんか怖いからやめて」
「にしても、ソレ全部貰ったチョコレートなん?」
二人っきりの帰り道にが俺が持っていた紙袋を指差す。
なんだかとても気まずい。曖昧に返事する。
「は誰にもあげてへんの?」
「うん。というか今まで誰にもあげたことあらへんな」
まぁ、一応このパターン予想はしていた。そもそも最近やっとそこそこ仲良くなれたぐらいの関係なのだから、貰える確率の方が低いことくらい冷静に考えればわかることだ。
しかし、もしかしたら、もしかしたら、と俺はからのチョコレートを今日この日、一日中ずっと期待していた。
「せやけど、まぁ来年はあいつらに用意したらな。あそこまで露骨に落ち込まれたらしゃあないわな」
はさっきの謙也たちの様子を思い出したのだろう。苦笑いしている。
は最近本当によく笑うようになった。
相変わらず俺らのお笑いネタには全く笑わないけど、それでも何かの折りに静かににこりとする。
俺はそれを見るたび胸の奥が苦しくなって、ゴクリと息を飲み込む。
今もゴクリと喉が鳴った。
「…俺にもくれへん?」
「え?白石も?白石はええやろ、そんなに貰ってるやん」
「他の奴らにはやるんやろ?ええやん、一つくらい増えても」
「そうやけど…」
「俺、めっちゃチョコ好きやねん!せやから絶対くれ!」
まだ渋るに焦り、俺はいつの間にか必死になっていた。
その様子にが驚いているようだ。
「まぁ…じゃあ、来年な」
「おう」
そういえば、と未来の約束を交わしたのはこれが初めてだ。
もうすぐまた彼女に出会った季節がやってくる。
春から俺たちは、三年生だ。
Next Stage…第二部:がんばるのか少女編