全校生徒が体育館に集められる。間もなく始業式が始まる。今日から新学年だ。

私がこの学校に転校してきて早一年が経った。
そういえばオサムちゃんに連れられて、なんの興味もないテニス部のマネージャーにさせられたのも一年前だ。
そして、その日に白石と言い争いになったのは最早懐かしい。
そんなことを思い出しながら、隣のクラスの列に並んでいる一際明るい髪色の二人組を見る。
三年生のクラス替えは、私と千歳が二年同様同じクラスで一組、白石と忍足が隣の二組。その他、小石川が四組、石田が五組、金色と一氏が八組という具合だった。
白石と忍足は喋ってたみたいで前から歩いてきた担任に頭を叩かれていた。忍足が大げさな声を上げた。私はその姿をみて思わず苦笑した。


◇◆◇


初めはその優柔不断で逃げ腰な白石の態度が気に食わなかった。
能力があり、望まれてその立場にいる癖に、打たれ弱くてすぐに諦めようとする背中を何度も蹴飛ばしてやろうかと思った。
けれど少しずつそれが変わってきたのはいつ頃からだろう。それをはっきり感じたのは全国大会の初戦だ。
絶対に負けられないタイミングで彼に試合が回ってきた。しかし相手は格上の上級生だ。試合は相手がずっと優勢で、あっという間にマッチポイントまで追い詰められた。いつかの練習試合を思い出した。また諦めるかとそう思ったけれど、白石はそこから逆転し、見事勝利を収めた。
部員に囲まれて祝福されている彼は、もう以前の彼ではなかった。

そしてあの日、私が倒れた日。
私は白石に救ってもらった。
何も言わず一緒に歩いた帰り道は、夕日が綺麗だった。
先を歩く白石の後ろ姿を見ながら、また少し泣いたことを白石は知らないかもしれない。


◇◆◇


始業式が終わり、自分のクラスに戻る前にトイレに寄る。
用を済ませ、個室から出ようとしたとき外で話し声が聞こえた。どうやら白石の話をしているようだ。 なんとなく、気まずくて再度ドアを中から静かに閉める。
「えー!アンタ、白石のこと好きなん?」
「しー!声デカイわ!」
「やって…」
「…格好ええやん…」
「せやかて、“絶頂エクスタシー”やで」
「…そうやけど…それにほら、何や最近前より優しなった感じせえへん?」
「…せやかて、“絶頂エクスタシー”やで」
「もう!とにかく内緒やからな!」
パタパタと足音が鳴り、声の主がトイレから出たことを確信してから、個室を出る。
手を洗うために洗面台へ行くと、自分の顔が鏡で映る。思わずそこから目を背けた。
今日は白石の顔がまともに見られそうにない。


放課後、部活が始まる。
始業式の日でも練習をしているのは、テニス部だけだった。
今年も全国大会へ、そして今年こそ優勝することを掲げ、部員は日々練習に精を出している。
私も少しでもそんな彼らをサポートできたらいいなと思いながら、黄色い球が飛び交うコートを眺める。
そうしていると白石がこちらに来るのが見えた。今度入る一年生への仕事の割り振りの相談だ。
私は早々に白石が持っていた書類を奪い取り、あとは私がすると言ってその場を去った。
そのあとも白石が話しかけてくる度、何かと理由をつけて彼から離れた。
「なあ!なんやねん!さっきから!」
もう部活が終わる頃、ついに白石が私に怒鳴る。
「俺、なんかしたん?」
そう言って悲しげな表情で、私を正面から見つめる。
私は思わず−
プッ
盛大に彼の顔面に向かって吹き出してしまった。白石は訳がわからないのか固まっている。
そんな私たち二人を他の部員が遠巻きに見ている。
「…一応、聞くけど、はなんでそんな爆笑してるん?」
笑いすぎて、涙が出てきた。そんな私の様子にしびれを切らしたのは、白石ではなく忍足だった。忍足が遠慮がちに私に話しかける。
「大したことあらへん。あらへんのやけど…クククッ…」
「いや、十分大したことあるやろ。そない大爆笑してる自分初めて見たわ」
「実はな、さっき女子トイレで白石のこと話てるん子がおってな、いやまぁ、一人の子が白石のことを褒めてたんやけどな…ククッ…」
先ほどのトイレでの会話を少々ぼかしながら話す。だいぶ涙は引いてきたが、まだ笑いが収まらない。
「けど、もう一人の子が、その子が白石のこと誉める度に「せやかて、“絶頂エクスタシー”やで」って超冷静にツッコんどってな…プクククッ…」
「え?それだけ?」
「うん、それだけや…クククッ…」
「…それの何がそんなにおもろいん?」
「いや、「せやかて、“絶頂エクスタシー”やで」やで?しかも超冷静に!…プクククッ…」
やっぱりしばらく笑いは収まりそうにない。
「全然、の笑いのツボがわからへん」
全く理解できないと私を見る忍足を含めた他の部員に対して、白石は頭を下げて項垂れていた。


私はまた笑えるようになった。
白石のおかげだと思っている。