千歳クンを欠いて四天宝寺はセミファイナルを迎えた。
セミファイナルからは会場が本会場に移る。本会場はさすがというべきか、立派なスタジアムだった。
スタジアムの天井が開き、風が会場を駆け抜ける。
いよいよここまで来たんだ。
第一試合、白石の試合が始まる。
声援がコート中になり響く。
初めのうちは白石が圧倒していたのに、相手の選手が最後の最後で粘り始めた。
それが徐々に白石を押して、いつの間に逆転されてしまった。
優勢からの劣勢。白石は今、精神的に厳しい状態にいるに違いない。
普通の選手ならもう諦めてもおかしくない状況だ。
けれど白石はこんな場面でも冷静に自分を崩すことなく、挑み続けている。
白石は全国大会までS3で試合をすることが多かった。それは白石の希望だ。
策略的に誰に当たるかを考えて、より相性の良い選手を当たらせるという手もあるが、あえて白石はそれを無視してS3にエントリーし続けた。
全国大会までの試合はD2、D1、S3、S2、S1の順で進む。たとえ、D2、D1で負けても白石のS3が勝てばなんとか次に回すことができる。
白石はおそらく部長として四天宝寺を絶対に負けさせないためにS3で必ず勝つことが自分の役割だと思ってる。
しかしそれは同時に白石自身は絶対に負けてはならないことを示す。
そんな重圧を白石はずっと一人で背負い続けた。
白石は何も言わないけど、みんなわかっている。
去年の全国でS1で控えていた白石は、自分の試合がないまま敗退してしまった。もうあんな悔しい思いをしたくないし、させたくない。
絶対に勝つ。勝ってファイナルへ行く。
そう思っている白石の気持ちが痛いほどわかる。
だから声援にも自然と力がこもる。
少しでもこの声が届け。孤独に立ち向かうその背に向けて、力になるように叫ぶ。
いつかのあの日、逃げ出さなかったあの背中が白石の全てだ。
そう伝える様に。
◇◆◇
全国大会の幕が下りた。
四天宝寺は全国ベスト4。
記念のメダルが白石の胸で輝いた。
「はぁ?競馬でスったー!!!」
「せやから、帰りは新幹線やなくて、夜行バスです。メンゴ」
「オサムちゃん、ええ加減にせぇよ!」
「痛い、痛い、ちゃん痛い!」
「まぁまぁ夜行バスならずっと乗りっぱなしやろ?金ちゃんがどっか行く心配減るからええか」
「お、さすが白石!ようわかっとる!俺も今全く同じこと考えてたんや!」
「オサムちゃん…」
「痛い、痛い、ちゃん痛い!腹をつまんでひねるのやめて」
夜行バスは貸切状態で、私たちだけでは席がかなり余っていた。
夕方出発して、朝方に大阪に着くらしい。確かに時間はかかるが、何も気にせず学校まで帰れるのは意外と楽かもしれない。
怪我の功名ということにしておいてあげよう。
みんなまだ試合の興奮が残っているのか、バスの後ろを陣取り騒いでいる。
私たち以外にこのバスは誰も乗っていないんだ、もう怒るのは面倒だからほっておこう。
みんなより幾分離れた前の方の二人席を一人で使う。耳にイヤフォンをはめ、気がつけば私は浅い夢の中だった。
目が覚め、外を見る。真っ暗だ。どうやらトンネルの中のようだった。
イヤフォンを外すと、地響きのような音がこだましていることに気づく。後ろを見るとみんなが座った体制のまま眠っていた。
当たり前だ。どう考えたって疲れているはずなんだから。そりゃ、いびきだってかくだろう。
みんなの寝顔があまりにも無防備で笑みがこぼれた。そのみんなの中には千歳クンもいる。それも嬉しかった。
そんな風に後ろを見ていたら、すぐ後ろの席に白石が移動していることに気づいた。
白石は眠っておらず、頬づえをつきながら窓の外を見ていた。
白石が私の視線に気づく。
「起きたん?」
「うん。…隣、いい?」
「おお」
私は席を白石の隣に移した。
「なんで席移ったの?」
「あいつらイビキうるさいねん」
「確かに」
「でもまぁ仕方いか」
「みんな疲れてるもんね」
会話が途切れる。白石はまた窓の外を見る。
「…白石はすごいな」
「ん?何がや?」
また視線が私に戻る。
「負けそうになってすぐに諦めてたんは、まだほんの一年ちょっと前やのにね」
「…おい…」
「人は一年でこんなにも成長できるもんなんやなぁって感心したわ」
「…どんだけ上から目線やねん…」
本当に感心しているんだ。いや、感動の間違いか。
「四天は負けてしもうたけど、白石の試合が一番格好よかったわ」
あの試合の白石は、他のどんな試合の誰よりの格好良かった。この背中についてきて良かったと確信した。
自分たちの部長が白石で良かった。きっとみんなそう思っている。それが少しでも白石に伝わって欲しい。
だからよくここまで頑張ったね、そう頭を撫でてあげるような気持ちで白石に微笑む。
白石は私のそんな顔を見て、唇を噛み締め、またバスの外に視線を移した。
「…なんやねん、それ」
そして呆れたように返事した。
「ありがとう」
しばし間を置いて、つぶやくように出されたその言葉は、少し震えていた。
私はそれに気付かないフリをする。
長いトンネルを抜ければ、真っ暗だったはずの空がほんの少し白んできた。
きっともうすぐまた日が昇る。
痛みを残して、私たちの夏は静かに終わった。