去年の宣言通り、本当に毎日忍足からメールが送られてきた。
途中、本気で煩わしくなったのでブロックしてやろうかと思ったが、なんとか抑えて一週間がすぎた。
私は今、生まれて初めてバレンタインにチョコレートを作っている。
朝、遠くから下駄箱で後輩の子にチョコレートを貰う白石を見た。
そして自分の教室に着く間にもまた二、三個貰っているのを見た。
私も教室について、鞄を下ろしていると珍しく朝から千歳クンがいるのを発見する。
手持ちで持っていた大きな紙袋から一つ摘みだし、それを千歳クンに渡すと千歳クンはそれを笑顔で受け取って、次の瞬間には口に入れていた。
まぁ、喜んでくれてるようなので何よりだ。
昼休み。とりあえず一番遠い八組からっと思ったら、そこには千歳クンと小石川と白石以外のメンバーがみんな揃っていた。
他のクラスに回る手間が省けて助かった。忍足は私を見つけて満面の笑みだ。ちょっとだけ可愛いなっと思った。
紙袋から一つずつ取り出し、彼らに手渡す。
一氏は一瞬ためらったが、いらない?と聞くと、いらんこともないと不機嫌そうにしながらも受け取ってくれた。
配り終えて、忍足を見ると私があげた物を見つめながら真顔で固まっていた。さっきまでの笑顔はどこいったんだ。
「…なんや、思ってたんと違う」
「なんでや、チョコレートやろ」
「そうやけど、どう見ても、そうやけど、違う。俺が思ってたんと違う…」
ガクっと項垂れながらプルプルしている忍足を石田が慰めるように肩を抱く。
「なんなんこの適当な感じ!義理なんわかっとるけど、もうちょっと義理感を包み隠してくれてもええやん!」
確かに私が渡したチョコレートはラッピングと呼べるような施しはない。ラップで包んで、くるっとしたところに小さなクリップを止めてあるだけだ。
「一人でいったい何個用意した思ってんねん。ラッピングなんかどうせすぐ捨てるんやからいらんやろ。無駄やん」
忍足と廊下で攻防戦をしているとそこに、白石が来た。咄嗟に手に持っていた紙袋を背に回す。
「あ!白石ぃ!お前の無駄を排除する精神が、にまで及んでるで!どないしてくれるん!」
忍足が今度は白石に噛み付く。白石は突然のことで驚きながら、忍足のあまりの必死さに引いている。
さりげなく後ろに回っている手には、また新しい可愛い紙袋が下がっていた。たぶんまた誰かにチョコレートを貰ったんだろう。
「さっきっから、なんやねん、謙也。俺がどないしたん?」
「のチョコが白石仕様やねん!」
「は?」
「あ、白石にはまだあげてへんの?」
忍足が私を見ると、その視線につられて白石もこちらを見る。どうも逃げられる雰囲気ではない。
仕方なく同じ紙袋からさっきみんなにあげたのと同じ物を白石に手渡す。
白石はそれを受け取ると本当に大切そうに手で包んで、ありがとうと笑った。
きっとチョコレートをくれた他の女子にもみんなそんな顔をしてるんだろう。そう思うと腹が立った。
私はもう用は終わったとばかりその場から立ち去る。
そういえば白石にさっき渡してしまったので、小石川の分のチョコレートがなくなってしまったことに気がついた。小石川には、心の中でそっと謝って許してもらうことにした。
放課後、部活が始まる前に部室にチョコレートを届ける。
一人ひとりに手渡すには時間がかかるので、紙袋のまま「ご自由にどうぞ 」と書いたメモをつけて置いておくことにした。
メモを書いていると丁度そこに財前クンが入ってきた。
「…なんでスか?ソレ」
「バレンタインや。財前クンもお一つどうぞ」
中から一つ手渡すと財前クンはドーモっと言って受け取った。
彼の手にはさっき白石が持っていたような小さな紙袋が一つ下がっていた。
「…なぁ、やっぱり男子はもっとちゃんとラッピングされてるの貰った方が嬉しいん?」
部活の準備をしようとしている財前クンの後ろ姿に質問する。
「まぁ、
「ふーん…」
自分が作ったチョコレートを改めて見る。見た目ははっきりとチョコレートだとわかる。むしろ分かりやすいくらいラップから透けている。
しかし財前クンが言う分かりやすいとはそういうことではなく、気持ちがということだろう。
「でも、実際はどんな物貰ったかってより、誰に貰ったんかの方が大事とちゃいますか?」
「じゃあ、チョコレート自体はなんだっていいってことじゃない」
「まぁ、そういうことですね。あ、あと、なんや勘違いしてみたいなんで言いますけど、コレは貸してたCDが返ってきただけっスわ」
私の視線に気づいていたのか、財前クンは手に持っていた小さな紙袋をクイッと目線の高さまで持ち上げフっと笑った。
「…それ貸したん女子?男子?」
「女子ですけど?」
それが何か?と言う顔をしている財前クンがソレに気づいてない確率は100%だ。
「じゃあ、その紙袋の中身はちゃんと確かめた方がいいと思うで」
そう言って私は部室を後にした。
財前クンが持っていた紙袋はチョコレートが有名な洋菓子店のロゴマークが入っていた。
こんな日にそんな紙袋でCDだけを返すなんてことはないだろう。大方、渡す直前になって怖気づいて何も言えなかったんじゃないだろうか。
そんな顔も知らぬ女子に親近感が湧いた。
そのまま帰る気が起こらず、自分の教室に戻ることにした。
受験を目前に控えた三年生の階は人気がなく、しんと静まり返っている。
自分の教室のドアを開けるとそこには、やっぱり誰もいなかった。
窓際の自分の席に座り、鞄を開けて小さな箱を取り出してため息をついた。
去年はなんとも思わなかった。
どんなに貰おうが、誰から貰おうか、そんなの何も気にならなかった。
なのに今年はチョコレートを貰っているのを見る度、チクリと今まで痛んだことのない部分が痛くなって心が悲鳴をあげた。
本当は一つだけきちんとラッピングしたものを用意していたんだ。
中身のチョコレートはみんなに配った物と同じだが、それだけは小さな紙でできた箱に綺麗に詰めて、リボンまで巻いてある。
みんなに配ったラップの物が義理感丸出しと言うなら、さしずめこれは本心を隠しに隠した物だろう。
日頃のお礼だ、そう言ってさりげなく渡すつもりだった。
けれど実際は渡せなかった。
日頃のお礼にしては気持ちがこもりすぎてるソレは、きっと優しい彼を困らせてしまう。
本当は少し前からこの気持ちが何を示すのか気づいていた。
でも怖くて認めたくなかった。この気持ちに名前をつけたら、もう後は諦めるしか出口が見つからなそうだからだ。
いつの間にか頼もしくなったその背中が嫌いだ。
本当の意味で強くなっていく姿を遠くに感じて、置いていかれそうで怖かった。
辛いときや困っているときに何も言わずただそばにいてくれるところが嫌いだ。
涙なんか人に見せたくないのに、彼の前だとつい何度も本音が漏れてしまった。
いつでも誰にでも優しいところが嫌いだ。
私にだけその笑顔が向けばいいのにと願ってしまった。
ラッピングのリボンを解いて、箱を開ける。
中にはチョコレートが三つ、行儀よく並んでいる。
このまま家に持ってかえるのことも、ここに捨てていくこともできそうにない。ならばいっそのこと今、自分で食べてしまおう。
そう思って手を伸ばしかけたときに、廊下から足音が聞こえた。足音の主が教室のドアから顔を出す。
「…どう…して…?」
そこにいたのは白石だった。
「あ、えっと…ちょっと図書室で自習しててん。帰ろうと思ったらなんや雪が降ってきてて傘を教室に取りに戻ったんやけど…」
そう言われて窓の外を見ると本当に雪が降ってきていた。どうりで寒いはずだ。
「隣の教室に人の気配感じて覗いたらやったから驚いたわ、自分こそどないしたん?」
白石が心配そうに私の方に近づいてくる。そして手元にあるチョコレートを見つける。
それを見下ろしたまま白石は黙った。
「…あげられんかったん?」
そう、貴方にあげられなかった。とは言えない。
きっと白石は私が誰かにチョコレートがあげられなくて落ち込んでるんだと思っている。そしてその誰かに自分は含んでいない。
私たちの関係は今まで一切、そんな雰囲気を持ったことがない。当たり前だ。
私が押し黙っていると、白石は私の手からそれを奪い、止める間もなく一気に口の中に押し込んだ。
ガツガツと噛み砕き、ごくんと音をたてて飲み込んだ。
「あー美味しい!世界一美味しい!」
大きな声で叫んだ白石に目が点になった。
「こんなうまいもん食えへんかった奴は大損やな!」
白石がニッと笑う。
涙が溢れそうになった。
嫌い、嫌い、大嫌い。そういうところが大嫌い。