卒業式当日は抜けるような快晴だった。春と呼ぶにはまだ寒いが、確実に春の到来を思わせる様な陽気だった。
玄関を出て、ドアに鍵を掛けているオサムちゃんを見る。
「オサムちゃん、私のこと引き取ってくれてありがとう。それから今まで何も言わず、見守っててくれてありがとう」
「なんや、お嫁に行くみたいやな」
「なんでや。また春からもよろしくな」
「おう。まだ嫁にはいかさんで」
こうして二人で並んで登校できるのも今日が最後だと思うと寂しい。けれどこうして今自分の足でここに立ててることが嬉しい。
◇◆◇
白石はここ最近ずっと元気がない。
大丈夫かと聞いても全然大丈夫じゃなさそうな顔で大丈夫と答えるだけなので埒があかない。
どうしたものかと教室で考えていると、サッカー部のマネージャーの子が何やら真剣に机に向かってるのが目に入った。
もう受験は終わったから勉強というわけでもないだろう。不思議に思って覗くと、私に気づいて慌てて何かを隠した。
「ごめん、見ちゃあかんかった?」
「あ、なんだちゃんか!ええねん、ええねん、ちゃんなら」
彼女の手には色紙が握られていた。
「何やってたん?」
「うん、実はな、今内緒で部長お疲れ様会を準備中やねん。うちの部活いろいろ今年は問題多くて、部長は大変やったからみんなで労ってあげたら、きっと喜ぶなって」
そういえばサッカー部は二年生が他校と揉めたとかで、危うく大会に出場できないかもしれなかったと後から噂で聞いた。
彼女は何かを思い出している様に目を細め、色紙を愛おしそうに撫でた。
いつかマネージャーと部員が恋仲になることはないと笑い飛ばしていたが、彼女ももしかしたら本当は…そう思うのは自分がそうだからだろうか。
「なぁ、それパクってもええ?」
「うん。もちろん」
善は急げ。私はすぐに現部長の財前クンのとこへ向かった。
「というわけやねん」
財前クンのクラスまで行き、ことのあらましを簡単に説明した。毎年恒例の卒業式後にする部活毎の追い出し会の時に部長お疲れ様会を内緒で一緒に開催してほしいと頼む。
「まぁ…ええですけど。はぁ、なんやややこしいことになってきたな…」
財前クンはまるっきりやる気がなさそうだが、まぁいいことにしよう。
卒業式までもう一週間を切っている。急いで準備に取り掛からなければ。
白石が元気になってくれたらいい。最後に見る彼の顔は笑顔がいい。
◇◆◇
準備は滞りなく終わった。
あとは卒業式後、何も知らない金ちゃん(話してしまうと黙っていられなさそうなので金ちゃんにも内緒にすることにした)が白石を足止めし、その間に最後の準備を整え、白石をみんなで迎える計画になっている。
卒業式が終わり、体育館から解放される。外では在校生と卒業生が混ざってガヤガヤとうるさい。
その中でも目立つ金ちゃんが白石と一緒にいるところしっかり確認して、私は準備のために部室へ向かおうと歩き出した。
「あー!!こっちや!こっち!」
しかしそれを金ちゃんに見つかってしまう。
そのまま逃げるという手もなくはないが、白石に怪しまれてしまいそうだし、何よりすぐに金ちゃんに捕まりそうなので、素直に自分からそちらに行くことにした。
「金ちゃん、私用事あるからまたあとでな」
「俺も用事あんねん、金ちゃん離し」
「あかん!二人ともこっちや!」
そう言った金ちゃんが私と白石の手を掴み走り出す。
何故かそのまま校内中を走り回る羽目になった。肩で息をしながら時計を確認すると、もう約束の時間は過ぎてしまっている。
まぁ準備はほぼ整っているから大丈夫だろう。しかしいったい何故こんなことに…どうせ金ちゃんが財前クンの話をきちんと聞いていなかったんだろうっと項垂れるしかなかった。
白石の携帯が鳴り、電話に出た。どうやら財前クンらしい。
何故か白石が財前クンを電話越しに怒ってる。
「はぁ…俺の完璧な計画が…ほら、金ちゃん、財前や」
そう言って携帯を金ちゃんに渡す。
金ちゃんはふんふんと電話口に向かって何回か頷くと、わかったわ!と大きく最後に答えて電話を切った。
「ほな、二人とも行くで!」
ニカッと笑ったと思ったら、またも金ちゃんに手を引っ張られ、走り出す。
もう堪忍して欲しい。部活にでなくなって久しい私には、金ちゃんの全速力は厳しい。
部室に着く頃には軽く汗をかいてる状態だった。
ガチャっと音を立てて金ちゃんが部室の扉を開ける。
鳴り響くクラッカー。事前にそのことを知っていたので驚きはしなかったが、思っていたのとは違う光景に一瞬何が起こったかわからず固まってしまった。
「「「部長、マネージャー、二年間お疲れ様でしたー!!!」」」
部員の声が部室いっぱいに響く。壁には先ほどの掛け声と同じセリフが書かれた大きな紙が貼られてある。
私が飾りつけしたときはそんなものなかったはずだ。
「…え?どういうことや?」
どうやら白石もこの状況に戸惑っているらしい。心底驚いている様子で口がぽかんと開いてる。
「どうもこうもありませんわ。あんたらお互い同じこと計画しよったんっスわ。あんたらにわからんように準備するの結構大変やったんですよ」
財前クンがため息をつきながら説明してくれた。
そういうことかと納得していると、今度はみんなが唖然と固まって私の隣の白石を見ていることに気づく。
何かと思い、私も白石を見て固まった。白石の瞳からは涙がぼろぼろとこぼれていた。
「白石なんで泣いてるん?」
「ちゃうんねん、ちゃうねん。これ涙ちゃうねん、心の汗や」
白石が訳のわからない言い訳をしながら手の甲で涙をゴシゴシと擦った。
そんな白石を見て笑いが起きる。
目の前にご馳走と呼ぶには心細いがそれでも美味しそうなお菓子が大量に並んでいて、部屋の中は紙で作った輪っかや花でこれでもかってほど派手に飾られてる。
これまで一緒に頑張ってきた仲間が泣いて、そして笑っている。
こんな光景が観れるなんて、ここに来たばかりの頃の私は考えてもいなかった。
嬉しい、楽しい、大好き。有名な歌のタイトルがそのまま浮かんだ。こんなに幸せなこときっともうないかもしれい。そう思えるくらいだった。
「なぁ、このお菓子食ってもええ?」
金ちゃんが空気を読むことなく、言い放つ。それにまた笑いが起きる。
それを合図にパーティーが始まった。
始まりがあれば終わりもある。
楽しかった追い出し会&お疲れ様会は先ほど白石が泣きながらしたスピーチで幕を閉じた。
私はみんなが帰った部室で一人、オサムちゃんを待っている。
本当はみんなと帰っても良かったのだが、何となく一人になりたくなったのだ。
静かになった部室を見渡す。無造作に置かれたラケット、半開きになってる誰かのロッカー、一番奥の蛍光灯は切れかけている。
なかなか古いくて汚い部屋だけど、今はそれがたくさんのことを語りかけてくる様で嬉しい。
壁に飾ってある集合写真のみんなは笑っている。私はそれをそっと一撫でした。
軽く片付けを済ませ、椅子に座る。
先ほどもらったプレセントを開けるとそこにはたくさんのメッセージが書かれた色紙が入っていた。
それを一言ずつ指で追いながら拾う。
忍足は「高校からもよろしくな!」と書いてある。忍足と千歳クンとは春から高校も一緒だ。隣に「俺の高校デビューアシスト頼むで!」って書いてあって、知らんわと心の中でツッコんだ。
千歳クンのはなんかよくわからない絵が描いてあった。ねずみ?ねこ?ややあってお腹の模様でトトロだと気付いて笑った。
金色のところは「クラリンは任せてね」とハートマークが乱舞していた。金色は白石と一緒の学校だ。主席入学らしい。さすがだ。
一氏のところには「死なすど!」って書いてあって、でもその横に小さく本当に小さく「お疲れ」って書いてあって嬉しかった。
他にもいろんな人のメッセージがある。どの言葉も私の心に優しく響く。
けれどどこを探しても白石の言葉は見つからなかった。もしかしたら準備に忙しくて、書き忘れてしまったのかもしれない。
少し寂しい気もするが仕方ない。こんな風に私までお疲れ様会をしてもらえるなんて思っていなかった。
それをしようと思ってくれた白石の気持ちだけで十分だ。
色紙を仕舞おうと元の袋に入れる時に、手が滑り色紙が床に落ちてしまう。
裏返しになって地面に落ちたそれを拾おうとしたとき、その面の端にも文字があることを見つけた。
こんな隠れたところにいったい誰が書いたのだろう。そう不思議に思いながらそれを読む。
そして読み終わった瞬間、思わず部室から飛び出していた。
今から走れば、追いつくかもしれない。そう思って正門の方を仰ぐと、走ってくる人影が見えた。
それがどんどんこちらに近づいてくる。
耐えきれなくなって私は叫んだ。
「なぁ、これ書いたの白石やろ?」
色紙の隅を指差し、そちらに向ける。
白石が私に気づき、一瞬止まったがまたこちらに走ってくる。
本当に十分だと思っていた。
けれど今走ってくる白石を見ると欲が出てしまう。
許されるなら、望んでくれるなら、その背を後ろから眺めるのではなく隣に並んで一緒に歩きたい。
白石が立ち止まってこちらを見る。白石の息遣いがわかる距離まで近づいた。私たちの距離はいつの間にかこんなにも近づいていたんだと実感した。
白石の手にはいつかのリボンが握られていた。
「あのチョコは俺にやったん?」
あぁ、アレに今更気付いたのかとわかった。白石が勘違いで食べた箱入りチョコレートにかけてあったリボンの裏には、白石の名前と一言メッセージを添えていた。
もうそんなこと気づかないと思っていた。けれど最後の最後で白石はそれに気付いたようだ。
白石の顔を見て、うんと頷いた。そうだよ、あれは白石宛ての本命チョコレートだよと。
「、俺はお前が好きや!」
もう叫ばずとも聞こえる距離なのに、白石があらん限りの声で叫んだ。
色紙の裏のメッセージを思い出す。それをそっと忍ように、けれど力強い言葉が書かれていた。記名もないその一行を読んだ途端、私はすぐに白石の顔が浮かんだんだ。
お前は俺の青春や!
その言葉は私の一生の宝物になるだろう。
「私も、…私もあんたのこと大好きや!」
END