▼ カブリエルとの出会い
「きゃぁぁぁぁぁ」
夏のとある日、練習中に部室の方から大きな悲鳴が聞こえた。
何かと慌てて駆けて行くと、部室からすごい形相で出てきたが俺に抱きつく。
あまりに突然なことで俺はその場で硬直してしまった。
ただならぬマネージャーの様子に他の部員もぞろぞろと此方へやってくる。
「、どないしたん?」
謙也もの様子に慌てている。
「む、むむしぃぃぃ…」
は部室を後手に指差しながら、何か言ったがよくわからない。
しびれを切らした一氏たちが部室を開けるとそこには大量のカブトムシが部室中に飛んでいた。
「…なんやコレ…」
俺たちが唖然と固まっていると、そこに千歳と金ちゃんが顔を出す。
「あ、白石たちや!どうや!すごいやろ!ワイと千歳が全部獲ったんやで!」
満面の笑みで報告するこの現状の犯人こと、金ちゃんと千歳を前に俺の怒号が炸裂したのは言うまでもない。
「こんのゴンクタレ共ー!!!!」
「なんや、はカブトムシが苦手やったんか」
金ちゃんがいかにも残念そうにに話しかける。捕まえたカブトムシは一匹以外全て森に返させた。
「私にはカブトムシもゴキブリも同じに見えるわ」
「全然ちゃうやーん!」
はまだ部室に残っているのではないかと少し怯えているようだ。ずっと俺の背中から離れようとしなかった。
「ところでその一匹はどげんすると?」
一匹だけ小さな箱に入れておいたのを千歳が目ざとく見つけた。
「…いや、せっかくやから飼おうかなって…」
俺がそう白状するとが信じられないという顔をして遠ざかり、千歳の後ろに隠れた。
「いや、カブトムシってカッコイイねんで!しかもコイツは中々大きくて、綺麗な形やから−」
その後いくら俺がカブトムシについて熱弁しようともの同意は得られなかった。
帰りも仕方なく、お互い五メートル位の距離を保ちながら帰ることになった。
先ほどまでぴったりと俺にくっついていたを思い出すと少し切ない。
「やっぱり、コイツも逃したろうかな…」
俺は立ち止まり俯く。がそんなに嫌いなら、と小さな箱の蓋に手をかける。
「なんでや。白石は好きなんやろ。勝手に飼ったらええやん」
いつの間にか俺に追いついたが、俺の手を抑える。
「…せやけど、は嫌いなんやろ?」
「そうやけど、だからってあんたまで嫌いになる理由にはならんやろ。あんたはあんたや」
「…ハイ…」
何故か突き放されたような気がして、また落ち込んだ。
その様子にはため息をつく。しょうもない男だと思われたんだろう、顔を上げての顔を見ると予想外に優しい笑顔だった。
「それ、あんたの悪い癖や。他人がどう思おうと本当に大事なことなら簡単に自分の意見は変えたらあかんよ」
ほななっとそのまま背中を突き飛ばされ、俺は前につんのめる。いつの間にかもうのアパート前だった。
俺はカブトムシの入った箱を胸に抱え、彼女の颯爽とした背中を見送った。
▲
▼ 夫にするなら
「ほんま千歳とと金ちゃんは仲ええな。家族みたいや」
謙也が窓の外を見つめながら、ポツリとつぶやいた。
外では千歳が金ちゃんを肩車していて、その隣をが歩いている。
その光景を俺は謙也の発言も相まって、キツイ目つきで見つめる。
程なくして彼らも部室に入って来た。
「なんの話してたと?」
「あ?」
「窓から俺らの方を見とったっとやろ?」
千歳は本当に目が悪いのだろうかと疑うほどこういうときに勘がいい。
「いや、お前ら仲良くて家族みたいやなって話てたんや。千歳がお父さんで、がお母さんで、金ちゃんが子供」
謙也が指差しながら答えるとが不服そうな顔をする。
「こんな甲斐性なしな夫いやや。いらん」
「、ひどかー」
「千歳クンとおっても何も身になるものがなさそう」
「、お前普通に結構ひどいこと言っとるで」
謙也が遠慮がちにツッコムが、当の本人の千歳は相変わらず笑顔だ。
「ばってん、本当のことったい!」
「なんでや!このポジティブさがモテる秘訣か、千歳!」
「謙也さんがモテへんのはそのうるささが秘訣っスか」
その後謙也と財前がいつもの言い争いを始める。それを一応注意して、部活の準備を始める。
「なぁ、じゃあどんな奴ならは結婚したいん?」
それまで千歳と遊んでいた金ちゃんがに不意に尋ねる。
俺は思わず耳が大きくなる。
「…んー………」
しかしはそれに答えることなく、唸ったまま部室から出て行った。
「あ、白石がええな!」
「は?」
その日の部活が終わりいつも通り二人で帰っていると、が急に声を上げた。
「ほら、金ちゃんが旦那にするならだれがええって…」
「え!」
「白石は、何言ってもええよって、なんでもしてくれそうやん。便利そう」
ものすごい笑顔でこっちを見ているにときめいたが、最後の言葉で固まる。
「ん?どないしたん?」
「…なんでもあらへん」
旦那にするなら自分と言ってくれたのは死ぬほど嬉しいが、便利そうという称号がものすごく引っかかり素直に喜べなかった。
▲
▼ ダメ、絶対
「先輩、ソレお酒とちゃいます?」
財前の指摘にみんな一斉にを見る。
「あ、ほんまや。どうりで変な味すると思った」
「大丈夫か?気持ち悪いとかあらへんか?」
見た限り彼女に特別変化は見られない。確かにはお酒に強そうなタイプに見える。
顔色や瞳の瞳孔を確認するために顔を覗きこんでいると、突然大きな音と共に頬に鋭い痛みが走った。
あまりも突然なことに目が点になる。
俺は何故か今、に平手打ちされた。
「なんやわからへんけど、今物凄く誰か殴りたい気分や!」
悦に入った笑顔でそう言うにその場の全員が驚きの声をあげた。
「私に殴られたい奴はそこに並び」
「何やコレ?殴り上戸?」
「何処の女王様やねん」
「どんな酔い方や…、って白石何並んどんのや!」
「…え、やって…」
「アホちゃうか、自分!」
謙也は俺を止めるように腕を引っ張る。
「お前はさっき殴られたやろ!次は俺や!」
謙也は俺を止めるためではく、自分が殴ってもらうために俺を無理やり座れせようとするので、抵抗した。
「先輩方、ほんまキショイっスわ」
そんないざこざをしている間に今度は金ちゃんが殴られたらしい。泣声が聞こえる。
また誰かを殴ろうとして振り上げた腕を千歳が掴んで止める。
「、やめるったい」
いつもより少し低い声の千歳には驚いたのか肩が上がる。そんなの様子に千歳も怯み、掴んだ手の力を緩めた。
次の瞬間、千歳の頬に彼女の平手が綺麗に決まる。
千歳撃沈。
もうは止まらない。次々とそこにいた部員たちを殴っていく。
逃げ惑う奴ら、殴られて泣いている奴ら、殴って欲しいと言い争いとしている奴ら。部室は阿鼻叫喚に満ちていた。
謙也以外の全員が殴られ、いよいよ次は自分だと嬉々として頬を差し出す謙也を前にが立ち止まる。
「…忍足、キショイ…」
「なんで、俺だけそんな扱いやねん!けど、ももええわ!早よ殴り!」
今度は殴ってくれと謙也がを追いかける。
その時部室のドアが開き、オサムちゃんが現れた。
「どないしたんや?あ、俺の大吟醸!誰や飲んだの!」
「なんでそんなん部室に置いてるん!アホ!それの所為でがさっきから大変やねん!」
俺が追いかけっこをしている謙也とを指差す。
がそれに気づき、オサムちゃんのところまでやってくる。あ、不味い。オサムちゃんも殴られる。
そう思ったが、はオサムちゃんに殴りかかりはせず、腕にしがみついた。
「、大丈夫か?あかんで、酒なんか飲んだら」
「ハーイ!」
「ほな、もう遅いから帰ろ!」
「ハーイ!」
そう言って唖然とする俺たちを残し二人はそのまま帰っていった。
「なんや昨日のことあんま覚えてへんのやけど…、忍足がキショかったんだけは覚えとる」
「なんでや!」
もう二度とみんなの前ではに酒を飲ませてはいけないと思った。
▲
▼ プレゼントセンス
部長&マネージャーお疲れ様会にて
「ハイ、コレ部長セレクツのプレゼントっスわ」
財前クンから手渡されたのは割と大きめの鉢植えだった。
「…何この禍々しい葉っぱ」
「毒草や!」
「いらん」
「なんでや!」
「ほら、せやから言ったやないですか。部長、プレゼントセンス最悪っスわ」
「なんでや!コレ、根を煎じたら痺れ薬にもなるやで!」
「…なおいらん!」
「せっかく、をイメージしたんに…」
「おい、コラ。どういう意味や。なんで私が毒草なん?なんで最後の最後でディスるん?」
「ちゃうねん!コレ、めっちゃ綺麗な花咲くんやで!」
あまりにも必死に白石が熱弁するので、その鉢植えはしぶしぶ持って帰ることにした。
その後、本当に綺麗な花が咲いたのは見て、笑ったのは白石にも秘密だ。
▲
▼ 本当の天才
「ってテニスしたことあらへんの?」
「ウン」
「こんだけ毎日見とってしたならないん?」
「ウン」
「一度も?一度もラケット振ったことないん?」
「…」
謎の謙也の質問攻めにイラついたが生まれて始めてラケットを持ち、謙也に殴りかかろうとしているのを間一髪で止めた。
「何してんのや、お前ら」
「忍足がうるさいからイラっとしてん」
「ひどい!俺はせっかくやからにもテニス好きになってもらいたいと思っただけや!」
「…そうやったん?わからんかったわ、なんやごめん…」
「せやから、一回試しにテニスしてみいひん?」
謙也がキラッと歯を輝かせるような爽やかな笑顔を浮かべポーズを決めた。
がまたイラっときたのを感じ、さっとラケットを後ろ手に隠した。
部活が始まる前、謙也とがコートに立つ。本当に二人でテニスをすることにしたらしい。
「ほんまにようわからんから、手加減してよ」
「当たり前や、なんぼでも浪速のスピードスターを本気で相手にするには−」
そう話している謙也の右斜めを鋭いサーブが着く。
「早よ、始めよか」
「…ハイ」
「ハァ…ハァ…あんた、最後、ちょっと本気出したやろ!」
「ハァ、ハァ、何言っとんねん!そんなわけあらへんやろ…ハァ、ハァア…」
二人とも息を切らし座り込んでいる。
結果はもちろん謙也の勝利だが、は始めてとは思えないプレーで謙也を追い詰めたのは事実だ。
「もう、四天の天才は先輩でええんとちゃいます?そんで謙也さんはレギュラーから外して、先輩入れましょ」
旧(?)天才の財前が俺に真顔でそんな提案をした。
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▼ 今だから言えるラッキースケベ
「もう時効やと思うから白状するけど、俺、に一回ラッキースケベしたことある」
「は?」
「いや、ほんまわざとちゃうねんで!ちゃうねんけど…」
「ラッキースケベって何や?謙也」
「え?そっから?えっと、たまたま偶然にエッチなラッキー体験的な?」
「!!!!!!」
「いや、まぁ、たまたま着替え見ちゃっただけなんやけどな」
「それだけと違うやろ!お前、目ん玉燃やすで!」
「白石怖っ!ただちょっと腹チラしただけやで、ほんとちょっとや」
「…」
「俺は、がっつり下着見たことありますよ。あの人、ちょっと無防備というか、そこんとこ頓着なさすぎとちゃいますか?」
「…財前なんて?今なんて言うた?」
「ちなみに、下着の色は−」
「財前ー!!」
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▼ 実は
「私、白石が初彼氏あらへんよ?」
「!!!!!」
「前の学校で先輩とちょっと付き合ってた」
「ストップ!ストップ!ストップ!白石のHPが0になるからやめたってー!」
「でもちょっとやで?チューもしてへんよ」
「白石ー傷は浅いでー!しっかりしー!」
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▼ 着たいものも着れないこんな世の中じゃ
「なぁ、この格好どう思う?」
そう言ってきた白石の格好を上から下までゆっくり見た。二、三度繰り返すし、白石の顔をもう一度見る。
「…どういう意味?」
「ファッションチェック的な!」
「ファッションチェック的なぁ?」
もう一度引いて、 白石を全体を見直す。
上は袖が切り返しになってて、胸元には英単語が書かれたTシャツ。そして下は、太もも辺りにポケットが付いたハーフパンツ。
「強いて言うなら…」
「強いて言うなら?」
「普通」
はっきり言って何かコメントするほどの格好ではない。率直な感想を述べた。
「やんなぁ!ほら!普通やんな、俺!」
てっきり私のコメントに、がっかりするかと思えば彼は目を見開いて拳を握り、喜んでいる。
まったく意味がわからない。浮かれて腰に手を当てて笑ってる彼を残し、私は自分の部屋に戻った。
「あ、、昨日、お前白石の格好見た?」
朝の集合時に忍足に声をかけられる。
「?見たよ。それが?」
「あいつ、胸に「POISON」って書いたTシャツ着とったやろ?「POISON」って…そんなんどこで買うたん?って男子部屋で大爆笑やってん」
あぁ、だから私に自分の格好がどうかなんて聞いたのか。
昨夜の彼の不安そうな顔を思い出した。
口をへの字に曲げて、眉はハの字に下げて、白石の方が背が高いのに、項垂れているから上目使いで私を見つめる白石。
そんな顔が、私の言葉を聞いて一瞬にして花が飛ぶような笑顔に変わった。
思わず、思い出し笑いをすると、隣の忍足も笑った。
「ほんま白石って、ちょいちょいセンスおかしいねん」
私が笑っている理由は、忍足と違うけれど、別にわざわざそれを言う必要はないだろう。
白石のあのあどけない安心した笑顔は自分だけのものだ。
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